呼び出し
体躯に合わない大きな羽織は、不思議と気分を落ち着かせるようだった。
「常に着ておくように」
業の襲撃の日から、私はツクヨミ様の羽織を着るようになった。業が血を求めているのならば、根源である私が狙われる。それを少しでも惑わせるために、ツクヨミ様の妖力を纏っているのだ。
屋敷内であれば自由にして良いと言われ、私は母屋や中庭など、行けるところには足を運ぶようにしていた。意識して行動しないと、いつも通り窓から外を眺めるだけになってしまう。
今は夜。月明かりが中庭を照らし、昼間とは違う顔を見せていた。羽織の中に来ている白いワンピースも月下で柔らかく光っているように見える。縁側に座り、月を見上げる。
真実を知ってから、私は私のできることを探している。すでに里にまで業が入ってきている、これ以上進化してしまったら。その前に、この進化を絶たなければならない。
私一人では無理だろう。ツクヨミ様はもちろん、スサノオ様やアマテラス様にも協力してもらわなくてはならないかもしれない。
羽織が肩からはだけ落ちる。それを直して、思案にくれる。すると近づいてくる小さな足音が聞こえた。
「花嫁様、こちらにいらっしゃったのですね」
姿を見せたのはツツジだった。ツツジは私の傍まで来ると、にこりと微笑み尻尾を振る。
「えぇ、何か用だった?」
「はい、ツクヨミ様が大事なお話があると」
大事な話、そう言われてすぐにツクヨミ様の私室に来た。なんだろう、また業の出現だろうか。それとも、業が進化したのだろうか。想像するのは悪いことばかり。それも仕方のないことだろう。あんなことがあったばかりなのだから。
「ツクヨミ様、ミツでございます」
襖越しに声を掛けると、すぐに「入れ」と返答があり、入室する。
ツクヨミ様は机に向かって書き物をしていたらしく、手には筆を持っていた。下を向いており、私が襖を閉め切った音で顔を上げる。その瞬間、カタンとツクヨミ様の手から筆が音を立てて落ちた。
ほんの一瞬、沈黙。ぽつり、と一言。
「肩が、出ているぞ…」
少し急いで来たため、羽織が肩から落ちてしまっていた。もう寝るだけだから、とキャミソールのワンピースを着ていたので、ツクヨミ様の言う通り肩は出ている。もしかして、失礼だったのかと思い、慌てて羽織を直す。
「ごめんなさい、寝る格好で来てしまいました」
「いや、構わないが…」
ツクヨミ様は落とした筆を拾い、筆置きに置く。その顔は少し険しくて、やはり失礼だったのではないかと不安になる。
「あの、着替えてきましょうか?」
ツクヨミ様は立ち上がり、私の前まで来ると、羽織の襟元を掴んで合わせる。
「いや、私こそ夜遅くに呼び立ててすまない。少し、話がある」
手を引かれて、私室の奥に。せっかく合わせてくれた羽織の襟元ははだけてしまった。




