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月を詠む  作者: 都合
22/61

業と私

少しでも私の決意が伝わってくれれば、少しでもこの気持ちが伝わってくれれば。私はツクヨミ様から視線を外さずにいた。


私の言葉を聞いたツクヨミ様は、顎に手を当てて、眉間にしわを寄せている。さて、どうなる。何を考えているのだろう。じわりじわりと不安が押し寄せる。


「分かった」


決意が伝わった。もしかしたら怒られるのではないかとも思っていたので、思わず顔が綻ぶ。ツクヨミ様は、少し困ったような表情で言葉を続ける。


「だが、辛い思いをさせるぞ」


やはり、アマテラス様と似たようなことを言う。私の知りたいことは、私に深く関わっているのだろう。私の予想は概ね当たっている、のかもしれない。


「覚悟はしてきたつもりです」


私の言葉を聞いて、ツクヨミ様はゆっくりと話し出した。




まず先に、「業」と呼ばれる存在について。業ははるか昔から存在しており、妖では昇天しきれなかった残り物のようなもの、人間でいうと霊と呼ばれるものに近しいだろう。


それらは、生きている存在にはほとんど害を及ぼさない。そもそも、言葉を発したり、触れたりすることができない。故に、人間では認識をすることができない。


しかし稀に、業を認識できる人間がいる。そして、言葉を発する、触れることができる業もいる。それだけならよかった。


10年ほど前から、それがおかしくなっていった。業はその姿かたちを急激に変化させた。それは人の姿によく似ていた。それからすぐ、奴らは実体を持つようになっていった。これが進化といわれている所以だ。そしてその進化は急激に進んでいった。


その進化では、ある特定の人間の姿かたちをするようになっていた。私とアマテラスは、原因が人間にあると考えた。私は人間の夢を渡り、アマテラスは人間に化けて人の心を見た。そして、見つけた。




刹那、けたたましい轟音が鳴る。屋敷の中をドタドタと足音を立てながら近づいてくる。


「ツクヨミ様!業が里に!!」


襖越しに掛けられた声の緊迫感はすさまじかった。その声に即座に反応して、ツクヨミ様は羽織を脱いで私に掛ける。


「これを着ていろ、絶対に脱ぐな」


そう言いながら床の間にある刀掛けから、一振りの刀を持って部屋を飛び出していく。一瞬の出来事で呆気に取られてしまい、何も言うことができなかった。ツクヨミ様に言われた通り、掛けられた羽織に腕を通し、外の様子を伺う。


再度、轟音。先ほどよりも鳴った場所が近い。微かに鍔迫り合いのような音も鳴っている。音が近い、気がする。外の様子が見える中庭まで、駆け足で向かう。そこで、




見てしまった。




目の前には、体から黒い粒子を纏った、色を失ったような人間の姿かたちをしているような生物がいた。それと向き合う状態になる。呼吸が止まる。目の前の光景を受け入れられない。


分かっていたではないか。先程のツクヨミ様の言葉の続き。分かっていたではないか。覚悟だってしていた。だって、「辛い、悲しい、やるせない、そんな気持ちに」なるって、「辛い思いを」するって。忠告されたじゃない。

自分でも関係があるんだろうって、ちゃんとそう思って、そうかもしれないって。その答えにたどり着いたじゃない。私が今までしていたこと、起きたら採血をされて、薬を飲んで。そして、寝る前にも採血をして。その血はどうなった?

「三番目」って、「ミツ」って名前、そういうことじゃないの?だって、だって。






私の目の前に、〝私〟がいる。






全身が震える。怖くて怖くて、恐怖から逃げたくて。でも、足は動かず、腰が抜けて座り込んでしまう。ツクヨミ様の羽織の襟元をきつく握って重ね合わせる。涙がぼろぼろと出て止まらない。呼吸が儘ならなくて苦しい。

知ってしまった。望んだことだったはずなのに、その恐怖、絶望が一気に降りかかる。冷水を掛けられたように冷たくて、真実を知ろうとしたことを後悔してしまう。




目の前の〝私〟は、ゆっくりと近づき、渇望していたかのように両手を伸ばしてくる。


逃げようとしても、震える体は後ずさるのがやっとで、到底逃げ切れるものではなかった。呼吸が乱れて、声だって掠れて、何も、何もできない。


「ツ、ツク…ヨミ、さま」


自分から聞いて、知って、後悔して、見て、恐怖して、私にできたのは、一言。


助けて、と名前を呼ぶことだけだった。

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