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月を詠む  作者: 都合
2/27

新月

「お前には嫁に行ってもらう」


目の前に居るのは久しぶりに話をする父。久々の会話は暖かいものではなく、冷ややかで、冷酷なものだった。いや、そもそも会話ですらなく、言葉を一方的に投げつけられたと表現した方が正しい。


勉学も武道もひたむきに励んできたつもりだった。学力試験ではほとんどが首席、武道も大会に出場しては上位に入賞してきた。特別、優秀なわけではない。だけど、決して悪い出来ではない人物に値すると自負はしていた。ゆくゆくは、華族であるこの家を支えるべく、それに備えて心構えもしてきたつもりだった。それを、それを。父はたったの一言で〝無かったもの〟にしてしまったのだ。


殴打。これまで積み上げてきた物を一瞬で崩される。そんなような、衝撃だった。努力は裏切らない、なんて。なんて、陳腐で浅はかだったのだろう。こんなもの、有っても無くても同じではないか。嘲笑。自分自身を見てもらおう、努力や実力を認めてもらおうなど。土台無理な話だった。絶望。あぁ、これが、そうか、そうか。くらり、眩暈がする。すとん、血の気が無くなる。なんで、なんで、なんで。どうして、私が。


「話は終わりだ。明日には迎えが来る、支度をしておけ」


くらり、くらり。回らない頭を抱えて部屋を後にする。父の顔は見られなかった、見たくなかった。


それから自室に戻り、窓際にある椅子に座る。ぐわん、と音を鳴らしているのではないかと錯覚するほどの頭痛。深いため息を一つ。それでも和らぐ気配は無さそうだ。父の言葉は絶対だ。逆らうことはできない。つまり、私は明日、ここを出て顔も名前も知らない相手に嫁がなければならないのだ。身支度をしなければと思い、使用人を呼ぶベルに手を伸ばす。もう少しで指が触れそうになった時、ハッとして自分の部屋を見回す。そうだ、この部屋にあるものは家のもので自分の物ではない。何を持っていくのだ、と。今まで過ごした自室だというのに、急に居心地が悪くなってしまった。


少し大きめの鞄に、必要最低限の物だけ詰め込んだ。これで良いのか分からなかったが、これ以上考えるのは憚られた。父は持ち物に関して何も言わなかった。であるのならば、なんでも良いのだろう。もう、どうでも良いのだろう。いつも通り、眠りについた。






その夜、夢を見た。優しく、頭を撫でられる。大きな掌、その熱がじわり、額を通して伝わってくる。それがとても心地よくて。あぁ、このままずっと。ねぇ、目が覚めなければいいのに。全てすべて、夢なら良かったのに。ぽろり、熱い雫が流れ落ちた。






早朝、普段ならまだ寝ている時間だが、どうにも起きてしまった。それもそうだろう。昨日あんなことがあったのだ。ぐっすり眠れるわけがない。目を開けて、時計に目向ける。起きるにしては早すぎる。目を閉じてもう一度眠りにつこうとするが、覚醒した頭はそれを拒否する。諦めて体を起こしベッドから降りて、窓を開ける。


明け方特有の色の薄い空、陽ざしの足りない冷ややかな柔らかい風。俗に言う『いい天気』というやつ、そう思った。いよいよというわけでもないが、今日を迎えてしまった。気持ちは沈んだまま。


「業の事態はお前も把握しているな?」

「もう特殊対策軍では対応しきれない」

「そこで、妖と共闘することになった」

「その条件として、人間の娘を妖の里長の嫁に寄越せとあってな」



「お前には嫁に行ってもらう」



人間と妖の婚礼なんて聞いたことがない。そもそも、人間と妖は交流を良しとしていない。たまに見かけるだけの存在で、彼らがどのように生活して、交流をして、関係を築くのかさえ分からない。見当がつかない。婚礼という概念の価値観が私たち人間と同じかも分からない。妖力という力だけで支配していたらどうしよう。妖に比べたら、人間の自分などちっぽけな存在だ。『嫁』なんて言っているが、下手したら食べられてしまうかもしれない。


「…なんで私なんだろう」


不安がとめどなく溢れてくる。何を考えたって、何を思っていたって、今日、私は行かなくてはならないのだ。それでも不安で、どうしようもなく不安で、逃げ出したいなどと、思ってしまった。

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