Side 憧れの人
――王立学院で、おれは運命的な出会いをした。
ダバリク模様の描かれた廊下を、早歩きで通り抜ける。おれは遅刻寸前である以上に、先ほど出会った先生のことで頭が沸騰しそうだった。
オーロラが掛かったような色の目を持った、とてもきれいな女性だった。先生の張った結界は、触れた瞬間にクラリネットの柔らかい音色が聞こえてくる、不思議なもので……
音術の気配がする結界なんて初めてだし、とても上質なことが一瞬で分かった。何より、おれの知っている音術師が張った結界は、四角くて硬いものが多い。
サンタリア先生の結界は――クラリネットの音色と共に波紋が広がるのだ。そんなもの見たことがない。
「先生は『触れたら割れてしまう』なんて言っていたけど、絶対にそんなことないはず」
むしろ、お粗末な結界よりずっと優れたものだと思う。おれは音術に詳しいわけじゃないが、そんなおれでも触れた瞬間に『ヤバイ』というのが伝わってきた。
「音色の響く結界……おれも張れるようになりたいな」
おれは楽師を目指しているのではなく、音楽騎士という軍事的職業を目指していた。音楽騎士は実力を要されるし、将来のために、是非とも弟子入りしたいところ。そんなことを考えているうちに、講堂へ辿り着く。
すでに授業が始まっていたため、おれはソロソロと歩きながら開いている席に座った。
おれの故郷は、ソルトーナ王国でも北に位置している。山々に囲まれたロマニ地方はワインと山羊乳の名産地で、冬になるとそれなりの寒さがやってくるような場所だ。
そんなロマニの端から、遠路はるばる王都までやってきたおれは、現在――授業内容に打ちのめされていた。
「行儀の授業って難しいんだね……」
「ジュディク、大丈夫か?」
王立学院で知り合った友人に声を掛けられて、おれはぺしょんと下げていた尻尾をゆらりと振る。
「せっかくなら、音術学の勉強をしたい……」
「でも、音楽騎士になるには教養も必要だぞ? お前は平民出身だから、立食会とかで恥かくだろうし」
「うう。アルヴェロは痛いところを突くなあ」
食堂のテーブルでうつ伏せになっていると、アルヴェロは、おれの前で海鮮パスタを優雅に食べてみせる。
「まあ、学院の中では無礼講だ。安心して過ごせ」
「侯爵子息さまの、ありがたいお言葉に感謝をー」
「棒読みで言うな」
そんな会話をしつつ、アルヴェロが食べ終わるのを「貴族の食べる速度は遅いなあ」と思いながら待っていると、食堂の入り口がにわかに騒がしくなる。
「どうしたんだろう」
「……たぶん、ラグリウズがやって来たんだよ」
「それって確か……」
第二王子の名前だったっけ……と言おうとしたところで、嗅ぎ覚えのある良い匂いがした。主に土が混じったような湿り気のある匂い。
「……!!」
おれが上体を起こすのと、クラリネットの音色が響くのは同時だった。食堂の中が唖然とする中、あの人のきれいな声が鳴り響く。
「食堂は食事をするところであり、喧嘩をするところではありませんよ」
周りにいる生徒よりも身長が低いのに、その勇敢な姿におれはまた、ぎゅっと心臓を鷲掴まれたような気になるのだった。