05 新入生
その後、ロンデ=パロンセオ学長が、案内係に第一教室の担任を呼び出してくれた。つまり、今後、僕が副担任として補佐をする相手を呼び出してくれたのだ。
初めての顔合わせに緊張していると、扉の先から黒色の髪が見えた。ふんわりとした短い黒髪に、苺色の瞳。なんか見覚えがあるような。というか、さっき校門で出会った男性がこんな色合いをしていたような……
「彼が一年生、第一教室の教師を務めているディノ・デーツァル先生だよ」
「……どうも」
さっき会ったとも言えない僕は、何とも言えない顔で「は、はじめまして……」と口にした。僕の態度に、男性は不愉快そうな顔を浮かべる。
「デーツァル先生は、まあ特殊な人間だ。サンタリアとて、慣れればすぐに手玉に取れるぞ」
「取られる気はない」
「あの、取る気もないのでやめてください」
そんなやり取りに、ロンデ=パロンセオ学長は、柔らかい表情を浮かべた。それから一転して、真剣な表情でこちらを見上げてくる。
「サンタリア、デーツァル。王子のことを頼んだぞ」
隣に立っていた彼は、一礼をすると学長室を後にした。も学長に頭を下げると、デーツァルさんの背中を追いかけた。
デーツァルさんはクリーム色の生地に、橙色のステッチが施された服を着ていた。布は垂れさがる感じに、腰より高い位置のズボンを履いている。ソルトーナ王国の典型的な庶民服だ。
「……なんです」
服装に注目していたら、デーツァルさんから嫌そうな目を向けられた。
「……スミマセン」
僕が謝ると、彼はますます機嫌を悪くする。僕は居心地の悪さに身をすくめながら、彼の背中を追いかける。デーツァルさんは人に配慮するタイプではないようで、すたすたと歩いて行ってしまう。少しだけ、さきゆきが不安だ。
「ここが第一実験室で、一般の講堂からは最も遠い場所にあります」
「はい」
「ここには危険物もあります故。基本、無断で持ち出されたら音が鳴る仕組みです」
説明をされた僕は、こくこくと頷いた。
「ああ、音術道具ですね。このタイプは、鐘の音が鳴りだすのと同時に、伝達や空間閉鎖などをしてくれる優れもので――」
僕が自慢げに話し始めると、彼は口をムッと閉ざした。嫌がられていることを察した僕は、顔をひきつらせる。
「つ、次に行きましょうか?」
デーツァルさんは無言で頷いてくれた。ちょっと怖くて、涙が出そうになった。
それから一時間もしないうちに、デーツァルさんの案内は終了した。何故だろう。案内だけで、ひどく疲れた気がする。
「最後に、学生寮の話をしましょう」
生徒の生活する寮は、王宮殿の近くにあるらしい。安全性を考えたうえで、その場所が選ばれたそうだ。異性のいる建物へ立ち入ることは生徒も教師も禁止されているとか。
これも入学したときに教えられることなのだが、僕が在学していたときと何も変わっていなかった。
「この先のことは、女性教師に聞いてください」
「あ、はい」
自分から聞くのは苦手なのですが……と困ったように眉を下げつつ、デーツァルさんと別れた僕は、一人で教師の宿舎を歩いたのだった。
◆◀
教師の宿舎の中は、心優しい女性教師が教えてくれた。最初は不審者ではないかと怪しまれたけど、楽師手帳を見せることで何とか身元を保証できた。本当に、便利なものである。
「そういえば、学院の売店も数割引になるんだったっけ?」
そう独り言ちる現在、僕は空中庭園でクラリネットの手入れをしていた。楽器の手入れは楽師にとって必須の技術。
僕は音術学の授業を受け持つ予定だから、様々な楽器の手入れ方法など、頭に叩き込んでおかなければいけない。
「クラリネットは完璧」
手入れを終え、鼻歌でも歌い出しそうなぐらい。上機嫌で片づけをしていると……
「あぶしっ」
ゴンッという音と共に、僕の張った結界が揺れた。
「ん?」
顔を上げれば、そこには金色の髪を持った青年がいる。
頭の上にあるのは三角の垂れ耳。腰から生えているのはふさふさの尻尾。犬獣人のような青年は、僕と目が合うと、目を真ん丸にしながら結界を突いた。
「すごい! こんな柔らかい結界、はじめて見た」
「……」
彼は金色の尻尾をバフバフと揺らす。おかしいな、不可視の音術は掛けていないはずなのに。
「……あの、あんまり触ると割れるのですが」
「!!」
彼は吃驚したような顔を浮かべると、人より大きな両の手を背中に隠した。あれは、触らないようにしているのかな。
「す、すみません。人形さんかと思って」
「はあ」
「結界を張った人ですか?」
きらきらと輝く空色の目を前にして、頷かないわけにはいかなかった。こくりと頷けば、彼の目はさらに燦めく。
「すごいですね。結界ってずっと硬いものだと思っていました」
「粗末なものは硬いけど、上質な結界は、音に合わせて形を変えるものだよ」
「すごい……とても詳しいんですね!」
「あ、いや。常識の範囲だから」
尊敬のまなざしを向けられると、こそばゆいというか。僕は頭を掻きながら、旅行鞄を持って、結界を解いた。こういう音術の解き方は簡単。内側から触れたら、一瞬で溶けてなくなるのだ。
「ああ……残念」
しょぼんと尻尾を垂らす姿は、大型犬のようだ。
「きみ、ここの生徒なの?」
「はい。今年入学する、ジュディクと言います」
ジュディクは、ニカッと白い歯を出した。快活そうな子だなと思いつつ、僕も自己紹介をする。
「明日から一年生、第一教室の副担任を務めるウィス・サンタリアだよ」
「サンタリア先生、ですか」
彼はきらりと目を光らせたかと思えば、僕の手を取った。
「おれ、サンタリア先生と教室で会いたいです!」
「ああ、うん」
押しが強いところに、どこか既視感を覚えていると、学院の鐘が鳴った。ちょうど昼休みが終わったようだ。僕は自分の持つ教室の方へ足を向けると、ジュディクにも声を掛けておく。
「そろそろ授業の時間なんじゃないかな」
「あっ」
ジュディクは目を真ん丸にすると、パタパタ第二校舎の中へと入って行った。
「慌ただしい子だったなあ……」
そう、しみじみと呟いたら、ぴょこんと金色の頭が柱の陰から現れた。
「サンタリア先生の授業、楽しみにしています!」
ジュディクが言い残していった言葉に、僕は知らずと口元が緩んでしまうのだった。