表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

04 王立学院に到着

 国王陛下から命じられた教師の仕事は、初秋から始まる。予定では、第一王子が卒業するまでの五年間、僕が見守るという話だったはず。

 あるいは、僕が使いものにならなかったら、もっと早くに終わるかもしれないけど、それは宮廷楽師の名を剥奪されるときでもありそう。


「王都勤務を五年も……流石に長い」


 思わず弱音をこぼしたら、緑色に光る魚が現れる。


「おまえも、共に学べばいいだろう」

「……あなたはいつも簡単に言ってのけますよね」


 気まぐれに現れたのは、ギルベットだった。彼は、天井の近くをぐるぐると泳いでいる。


「人の技術を盗むことは、簡単だろう?」

「ギルベットからしたら、そうかもしれませんが」


 彼の基本情報を知らない僕だけど、ただ一つ、実験の末に精霊となってしまったことだけは知っている。


「あなたが後天性の精霊と言ったら、陛下はギルベットのことを研究対象にするのでしょうね」

「おまえが裏切るようなら、俺はおまえの首を噛み千切って逃げるさ」

「……そんなこと絶対にしませんから、怖いことは言わないでください」


 寝台から起き上がって言うと、ギルベットは鼻を鳴らした。

 現在、僕たちがいるのはゴルトス団長が用意してくれた王宮殿の一室。観葉植物とテーブル、チェア、簡易的なベッドがあるだけの客間だ。

 いくら宮廷楽師とはいえ、現在は平民である僕が過大な歓迎を受けるわけがない。ある意味でホッとしながら、橙色の天井を眺める。


「仕事は来週には始まるし。とりあえずは担任教師との顔合わせか。若いからって嘗められないといいけど」


 これから、忙しくなるだろう。やりたくないわけではない。僕は音術のことなら、学ぶことも教えることも大好きだ。ただ、不安がないわけではない。

 第一王子が目覚めたということが、何よりも気がかりだ。これから荒れる。絶対に荒れるだろう。


「ゴルトス団長の親戚として通すなら、僕にもその設定を通してほしかったな……」


 そんな願望を抱いているうちに、僕は眠りに落ちていた。


    ◆◀


 たクラリネットが帰ってきたのと同時に、僕はいつもの旅行鞄を持って、王立学院のあるサパ樹林へ向かう。

 王都からはみ出る形で建てられた王立学院は、樹林の中にぽつんと立っている。

 そんな危険な場所に、我が子を連れて行けるわけがない! と言う意見も聞くが、宮廷楽師による結界がなされているから、そんなに心配することはない。

 野生動物より、生徒同士の熾烈な争いの方が恐ろしいし。

 ちなみに、僕は九歳の時に異例の入学をしたけど、その年のうちに退学してしまった。本当は卒業までするつもりでいたんだけど、師匠が亡くなったり、生家の人間に呼び出されたりで、結局通えなくなったのだ。


「そういう意味では、ラッキーかもね」


 ギルベットが「おまえも学べばいい」と言っていたが、あながち間違いではないのかもしれない。


「よし。学院生活を満喫するつもりで行こう」


 サパ樹林を抜け、見えてきた学院の入り口は、青色の花で飾られていた。季節は初秋。この国にしか咲かないグナという珍しい花が咲いていた。グナは独特な音を奏でるのだったか。考えながら銀色の校門を通り抜けると、目の前に男性が現れた。


「……まだ入学時期ではありませんよ」


 やや眉を寄せた彼に、僕はきょとんとした。ああ、僕ってまだ十二歳の子供だから、大きく見積もっても、学生にしか見えないのか。


「すみません。再来週から派遣されることになりました。宮廷楽師のウィス・サンタリアです」


 宮廷楽師の敬礼をしてみせると、彼は、とても不愉快そうな顔を浮かべたが、すぐに無表情へ戻る。あまり宮廷楽師のことを良く思っていなさそうな顔だった。少しやりにくさを感じつつ、僕は頬をかいた。


「学長に会う手続きをする場所を探しているのですが」

「……お得意の音術で調べてみては」


 挑発するような言葉に、僕はムッと口の形を変える。


「学院内における音術の使用限度は、いくつかの階級に分かれています」


 この学院では『部外者』『関係者』『生徒』『教師』『学長』の順番で権限の幅が広がっていくんだ。


「それらの扱いを超えた瞬間、宮廷楽師――(はく)(ろう)の音楽隊に連絡が行くでしょう。そしてこの場合、僕は教師として雇われていないので、せいぜい関係者ほどの関係です」


 胸を張って言い切ると、男性の眉間はさらに深くなった。

 思わず言い返してしまった。これは、素直に従っておくべきところだったのかもしれない。

 少しだけ後悔していると、彼はそっぽを向きながら「手続き用の窓口は、ここから南の入り口にある」と教えてくれた。


「あ、ありがとうございます」


 僕が目を丸くすると、彼は嫌そうな顔をしながら、その場を後にした。

 残された僕は、赤砂の建物を見上げる。王宮殿より小さい建物だが、空中庭園や周囲を囲む樹林には多くの熱帯植物が自生している。環境で言えば、僕の暮らしていたヴェリ島に近いのかもしれない。


 窓口に行った僕は、あれよという間に、学長室へ辿り着いていた。すっきりとした白の壁に、橙色の床。敷かれた絨毯は毛足の短いリバーニア織のものだった。趣味が良いなと思いつつ、学長に対する挨拶も忘れない。


「お久しぶりです、ロンデ=パロンセオ学院長」

「久しぶりだね。サンタリア」


 ロンデ=パロンセオ学長は、ピンと尖った耳に、薄紺色の髪を短く切りそろえた、半精霊(ジルフ)の女性だ。存在的に言えばギルベットと近しいのではないか? と考えている。


「島から呼び戻して、悪いね」

「いえ」

「私と国王陛下で意見が一致してしまったのだよ。これも、きみを最後まで学院に置いておけなかった負い目さ」

「では……なぜ、学生ではなく教師に?」

「きみが強すぎるからではないか」

「……そうでしょうか?」


 僕より強い人は、腐るほど見てきたからあまり実感が湧かないような。そんなことを言ったら「学生と楽団長たちを比べてどうする」と言われた。それもそうか。


「生徒たちを混乱させないために、きみには教師であってもらいたい」

 ロンデ=パロンセオ学長は、そんな僕を手招いた。


「王子の件は伝わっているね」

「……不本意ながら」

「なら、きみのやるべきことは二つ。王子を見守りながら、教師として学びを伝え、教えるのだ」


 やっぱり、僕に拒否権はないのですか、なんて苦笑いをこぼしたあと、僕は背筋を伸ばして「おまかせください、学長」と口にしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ