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01 プロローグ

 白い壁を見つめながら、僕は、手元に散らばる書類のことを考える。ここは、熱帯植物に囲まれた一室。宮廷楽師である僕の研究室だ。


「ゾルフ地方の作物が不作か。宮廷楽師の派遣要請は、これで何回目だろう。いや、それどころじゃない。現在いる楽団員で手が空いているのは……」


 テーブルに向かった僕は、眉間を揉みながら書類を探す。ぱっと目についた壁掛けの鏡には、疲れ切った顔の僕がいる。紺色の髪は適当に縛っていて、薄緑色の目はかすんで見えづらい。少なくとも、人に見られて大丈夫な恰好ではない。

 宮廷楽師とは、この国に属する音術師(おんじゅつし)のことを指す言葉だ。音術師は俗にいう〈魔法使い〉のようなもので、音楽に精通していれば、夢に描いたことが実現できるのだ。つまり、空を飛ぶことも、ゾウの力を持つことも可能。

 とはいえ、それほどの力を持った大物は実在しないけれど。僕たちのような宮廷楽師でさえ、雨乞いが精一杯だ。


「これは、常夏(とこなつ)の音楽隊だけで捌ける量じゃない。他の音楽隊にも頼まなければ」


 そうは口にしたけど、結局はどこも手一杯だろうね……と遠い目をする。僕は、両腕を上げて背筋を伸ばすと、また、書類の仕分けに集中した。


 作業を始めて数時間――ひらりと舞い落ちた一枚の封筒が目に入る。


「これは……」


 封筒の裏面には「ウィス・サンタリア様へ」と共通語で書かれていた。同時に、ソルトーナ王族の証であるヌーリという動物の印も押されている。


「王族が僕に何の用だろうか」


 ウィス・サンタリアというのは僕の名前だ。今年で十三歳になる若き宮廷楽師。それが僕の称号だった。


「孤島に閉じこもっているのを理由に、宮廷楽師の仕事をクビにされるのかな」


 思わず寄った眉を解すと、ペーパーナイフで封を開ける。開いた瞬間、微かにハープの音が聞こえてきた。


「音術を掛けるなんて」


 音術の気配に目を丸くしつつ、手紙に目を通す。そこに書かれていた内容は、驚くものだった。

 要約すると、常夏の音楽隊『副楽団長』である僕に王立学院で教師をやって欲しいそうだ。それも王・貴族の集まる第一教室の副担任を。


「いや、やって欲しいというか『やれ』と言われているよね」


 僕が読み終わるのと同時に、音術によって手紙から木の芽が生え始める。あっという間に成長した木は、こうして僕の部屋のインテリアになるのだ。


「はあ、やりたくない。実にやりたくない」


 うだうだ言っていたら、背後から、やや低めの年若い声が聞こえてきた。


「サンタリア。おまえ、街に行きたがっていただろう」


 振り返ると、そこには薄く緑に光る魚が浮いている。こちらに向かって泳いできたソイツに、僕は「街に行くのとは違う」と答えた。


「そういうものか?」

「……ギルベットには分からないでしょうね」


 名を呼ばれた魚は、唸るような声を上げると、パシュッと消えてしまった。


「はあ。全く、自由奔放な奴だな」


 やれやれと首を振りながら、僕は支度をするため、残りの書類を片付けるのだった。


    ◆◀


 ザリ、と砂を踏みしめた僕は、背後を振り返る。

 島の中心部にあるのは、常夏の音楽隊の本拠地。宮廷楽師のためにある白い宮殿だ。日照りの厳しいこの時期は、忙しすぎて全楽団員が出払っているけど。


「管理担当の僕が、家を空けるなんて、楽団長も思わなかっただろうね」


 溜め息を漏らすと、片手に持っていた旅行鞄(トランク)を砂の上に降ろした。銀色のダイアルを回せば、カチャリと音が鳴る。

 旅行鞄から取り出したのは、分解された一つの楽器。それを素早く組み立てたら、僕は立ち上がる。


「本当は、海辺で吹きたくはないけど」


 砂や潮風がある海辺は、楽器にとって良い環境とは言えないのだ。しかし、僕の所属しているソルトーナ王国は南の海に面した大国だ。そこからさらに南下した位置に、この島がある。


「さて、ひとつ吹きますか」


 組み立てを終えた僕は、その楽器を縦に構えた。

 ボーと音を奏でれば、僕の周りに水の球が現れる。ぷわり、現れた水を見れば、それらは魚のような姿に変わる。緑色の魚も見えるが、それは無視だ。

 僕は目を伏せると、演奏を続けた。

 僕の相棒はクラリネット。温かみのある柔らかい音色が特徴的な楽器。この子は僕が宮廷楽師を目指したときから使っているもので、本当は海辺なんかで吹きたくないけれど。

 潮風から守る『結界』を張るにも、まずは音を鳴らさなければいけない。仕方がないから、大陸に着いたら調律師に見せるつもりだ。


 演奏をしているうちに、水の魚は巨大な群れとなった。

 群れの周りで遊んでいたギルベットは、感心したような声を上げる。


「島に結界を張るのか」

「……」 

「相変わらず、おまえの音術は聞き心地がいい」


 気が散るからやめて欲しいのですが。半目で訴えかけたが、ギルベットはどこ吹く風で巨大な群れの周りを泳いでいる。まあいいや、と思いながら、僕は最後まで演奏しきった。


「……ふう」


 クラリネットから口を離せば、キ――ンと音が鳴った。


「結界、上手く張れたみたいだ」


 こうして集めた水の魚群が、この島一帯を守ってくれる。僕たち宮廷楽師は、先ほどのような『精霊』に頼って生きているんだよね。

 僕はクラリネットを片付け、ギルベットを見上げた。


「ギルベット! あなたはついて来るのですか」

「当り前だろう」


 すいすい泳いでいる彼は、頷くと僕の肩にくっついた。どうやら、出かける準備は万端なようだ。


「音術の効果が残っているうちに、行こう」


 目指すはここから船で半日の場所。ソルトーナの主要都市であるロスサンの街だ。

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