【短編】本日のメインディッシュは、元婚約者とゆるふわ聖女の阿鼻叫喚でございます
ずっと私は、短気な元婚約者の言いなりだった。
旅行を断ると「キャンセルは、宿にも船にも迷惑。金だけ払え」ですって。
体調不良を伝えても、私の心配なんて一切ない。
なのに、家のために婿入りしてくださるのだから尽くすべきだと、本気で思い込んでた。
元婚約者の帰港を待つ港に、聖騎士がいた。
顔で聖騎士にも聖女の婚約者にも選ばれたって噂なだけあって、凄い美貌───
突然、聖騎士が目を見開いて驚く!
視線の先を追って、私も目を疑う!
聖女が私の元婚約者と、いちゃいちゃ船を降りてきたから。
さらに驚く!
「聖女様の身体はふわふわで柔らかいんだ」
「やだぁ。もう。きゃっ」
元婚約者も聖女も、浮気を悪びれもしない!
私のお金で、元婚約者は聖女と南国バカンスを満喫したのに。
普通は、慌てふためいたりするんじゃないの?
謝罪するんじゃないの?
わぁ。聖女って、頭と身体がゆるゆる────
怒り、悲しみ、呆れ、悔しさ、惨めさ。
感情が渦巻き、混乱する。
親への申し訳なさもある。
どうしよう。これから私はどうすれば。
「大丈夫ですか? お送りしましょう」
心配そうに聖騎士は、茫然自失の私を支えてくれた。
「馬車は置いていけ」
元婚約者は、自分を心配して私に吐き捨てた。
この瞬間、やっと私は、己の不甲斐なさを自覚する。
復讐はここから始まった────
─────── 晩餐会 ───────
本日は、四組のカップルの晩餐。
私の席は、信頼する聖騎士の隣。
そして正面には、私を捨てた元婚約者。
「みなさぁん。仲良くしてくださいねぇ」
元婚約者の隣にゆるふわ聖女が座り、微笑みを振りまく。
よく略奪した私の前で笑えるわ、なんてぼやくのはまだ我慢。
ええ。仲良くしましょう。本日の主役ですもの。
「聖女様の胸の谷間のルビーは贈り物? 私も持ってるのよ」
「うふふ。王子殿下が『大好きだよ』ってくださったのぉ」
王子妃殿下の問いかけに、微笑みを返す聖女。
なんて清々しい! 礼儀も罪悪感も全くない!
「ぶふぉッ」
王子が、水を豪快に噴き出してしまう。
人が多すぎて、ややこしい?
この晩餐は、聖女の浮気相手を集めたの。女性同伴で。
整理すると。
浮気常習犯で隠し子までいる王子と、王子妃殿下。
ワンチャンあればホイホイついてく教授と、婚約者シラーヌ。
短気でゲスの極みの私の元婚約者と、ゆるふわ聖女。
聖女に浮気されまくった聖騎士と、私。
そんな八人の晩餐。期待が膨らんじゃうわ。
前菜のホタテとエビのマリネでコース、スタート!
「キャハ。かわいいぃ」
聖女が両手をパチパチ叩いて喜ぶ。
鮮やかな盛り付けとはいえ、まあ普通。
いったい何がかわいいのか、私にはさっぱり。
「聖女様の結婚式はいつ頃ですか?」
教授と挙式目前のシラーヌが、幸せ満開の微笑みで問いかけた。
「まだ婚約したばっかりでぇ、式の日程は未定なんですぅ」
聖女が拗ねたように「すぅ」のとこで、口を尖らせる。
恥ずかしくて私にはできない顔芸。さすがだわ。
「シラーヌは婚約者の浮気を知りたい派?」
「もちろん。でも謙虚で真面目な教授には縁遠い話だけど」
私はここで爆弾投下!
「あら。さっき聖女様と教授はキスしてたわよ?」
「なんのこと? ねえ。なんのこと!?」
掴みかからんばかりの形相で、シラーヌは隣の教授に尋ねる。
教授は震えるほど動揺して、フォークを落としちゃう。
そんなに小心者なら、なぜ浮気しちゃうのかしら?
もういっちょ投下!
「聖女様はここにいる男性、四人全員と関係があるのよ?」
私の言葉で、どよめきが起こる!
うん。心地いいっ!
「こンのォ───ッ、悪女め! 聖女様を貶める気かッ!?」
「あら。疑うなら、聖女様に確認なさって」
元婚約者は相変わらず短気。王族の御前ですのに。もう。
ま、今日の私は悪役だから、悪女で正解ですけどね。
「聖女様。嘘ですよね?」
「だってぇ、みんな私を愛してるんだものぉ」
「へ?」
悪びれない聖女に、元婚約者は言葉を失う。
「聖騎士は未練たらたら。さっき教授はサクランボの唇を食べたいって、ささやいたし。殿下は机の下で足を絡めてくるし?」
みんなで、バッとテーブルクロスの下を覗く!
慌てて王子は足を引っ込めた!
うわぁ──。キモチワルイ。
「聖女様に罪悪感はないのですか? 私達に謝罪は?」
シラーヌは目を丸くする。
わかるわ。
まさかここまで堂々と自白するなんて、私も想定外。
「謝罪? 私から誘ってないのに? それに恋は罪?」
聖女はきょとんと首をかしげる。
「なぜ聖女が堂々としてるか、私はわかるわ。落とした異性の数が勲章なの。相手の涙さえ。遊び人を気取る王子殿下と同じよ」
「へッ?」
王子妃殿下の言葉で、王子の声は裏返り、縦笛並みに高い。
「反省も後悔もないから、殿下は繰り返すのよね?」
「いやッ? 大好きなのは、ふわふわな胸だけだよ?」
「フフ。それが言い訳になると思ってるのが凄いわぁ。聖女の一生を背負う覚悟がある方が、まだましよ。ね?」
「し、知らなかったんだ……」
元婚約者はうなだれる。
「あら。自分としたゆるふわ聖女よ? 他の男ともするに決まってるじゃない。貞操観念が壊れてるの。中毒よ。一生直らないわ」
「ぐぬっ……」
運ばれてきたスープは、よく冷えたヴィシソワーズ。
額に汗が滲む元婚約者には、最適のメニュー。
うん。甘みもあっておいしい!
「シラーヌ。婚約破棄を考えてます?」
「ええ。もう汚くて気持ち悪くて、教授に触れられませんし」
「関係各所にご迷惑をかけますから、お勧めはしません。長年進めた両家の共同事業も、経済支援も全てご破算でしたのよ?」
「大変だったんですね……」
「いえいえ。私は被害者ですから。加害者は、支援金の返済、事業者への違約金を支払わないと、屋敷を失いますけど──」
「黙れ───ッ! 払うと言ってるだろォッ!」
短慮な元婚約者は、私の体験談を怒鳴り声で遮った。
「だからさっき借金を頼みに来たのか。貸さないよ」
富だけはある王子が呆れる。
「僕の金貨一万枚も返せ」
「教授? お金を貸したの? なんて世間知らずで愚かなの!? 浮気までして、結婚なんて絶対しちゃいけない人間だわっ!」
悲しむシラーヌを無視し、焦った教授はさらに元婚約者を責める。
「早く金返せ!!」
「教授。落ち着いてくれ。聖女様の親が持参金を払うから」
「ちょっとッ! 持参金を借金返済に使ったら、どう生きていけばいいの!?」
あらあら。形勢逆転。今度は聖女がびっくり仰天。
まあ、結婚にお金は要りますものね。
「金をとって治療すればいいだろ」
「は!? 『どーもー。金貨一枚でーす』なんて言う聖女いないでしょ? 教会が絶対許さないっ!」
メイン一つ目の魚料理は、熱々の赤いブイヤベース。
真っ赤になるほど後悔する元婚約者に、お似合いだわ。
フフ。美味。
「助けてッ! やっぱり大切なのは聖騎士だわッ!!」
聖女はガタンと立ち上がり、聖騎士の背後に回り込み、飛びつこうと手を伸ばす。
が、聖騎士は素早くよける。
聖女はよろけ、そのままブイヤベースに手を突っ込む。
聖騎士との婚約中に浮気したのに、よく助けを求められるものだわ。
なぜ聖女は、今も愛されてると思うのかしら?
今の恋人の私の気持ちを、考えないのかしら?
「こンのォ───、あばずれがァ──────ッ!!」
元婚約者が目を血走らせて聖女に怒鳴った!
なんて心地いい響き! 至高のテノール!
「あばずれだからこそ、結婚前に楽しめたんだろ?」
「聖騎士? なんて酷いことを言うの?」
「俺を助けてくれたことないよね? 何もかもしてもらって当然で。未練どころか、ずっと嫌でたまらなかった」
「嘘よね?」
聖女はきょとんと驚く。
もうきょとん顔はお腹いっぱい。
「ゆるふわ聖女と遊んでも、結婚までするやつはいないと諦めてたけどさ。『だってぇ。好きになっちゃったんだもん』と婚約破棄された時は小躍りしたね」
「大切にすると誓ったじゃないッ!!」
「誓いを破りまくったのはだれだ? 俺は、支え合い、お互いに大切にして生きてくれる人を見つけたんだ。もう俺の人生に関わらないでくれ」
「無理よッ! だって聖女の聖騎士なんだからぁ───ッ!」
「あ。辞めるから。俺、婿入りするんだ」
「へっ?」
だから、きょとん顔はもういいってば。
下に見られ、裏切られ続けた聖騎士を守るのは私よ。
だれ一人、自分を守る気がないと理解すると、聖女はそそくさ逃げ出した。
まぁ、ブイヤベースで手が汚れたしね。
メイン二品目は肉料理。
こんがり炙った皮が食欲をそそる、若鳥のポアレ。
全身に鳥肌の元婚約者と聖女こそ楽しんで欲しい。
うん。皮はパリッと香ばしく、お肉はジューシー!
味わってると、元婚約者がちらちら私を盗み見る。
「あら。まだいたの?」
「聖女にそそのかされたんだ。俺は悪くない。俺たち上手くやってきたろ? 楽しい想い出もいっぱいあるだろ?」
「よくもまぁ。ゆるふわ聖女とどうなろうと、どうでもいいわ。だって私には、強くて、誠実で、優しい聖騎士がいるもの」
「ぐぬぬ……」
「ほら。聖女を追わないと。ほっとくと他の男性の子を身ごもっちゃうかもよ。急いで」
しぶしぶ立ち上がり、元婚約者は聖女を追い駆けた。
そして、並んだデザートはクレームブリュレ。
「フフ。ホントお似合い。罪悪感皆無で、自分本位で」
グサッ!!
マナーがよいはずの王子妃殿下が、クレームブリュレの表面のキャラメルに、苛立ちをぶつけるように思いっきりスプーンを刺す。
「教授。婚約解消でよろしいわね? あんな女に下に見られるなんて屈辱、もう御免だわ」
キリッと顔を引き締めたシラーヌは、教授に確認。
「たった一度の過ちじゃないか。許してくれ。シラーヌ」
「嘘つきなさいな。慣れてなきゃ、サクランボの唇なんて言わないし、私のエスコート中に他の女とキスしないわよ」
「ぐぬっ」
「もう式の案内は送ったんだから、謝罪して回ってね。少しは世間に揉まれた方が、大人になれるわよ」
「……はい」
「認めたわね? 証人もいる、もう婚約解消は覆せないわよ?」
「はい……」
「ほら。とっととお行きなさい!」
王子妃殿下は、まだザクザク憎しみを込めキャラメルを割る。
飴色のかけらが粉になりそう。
その様子を隣で浮気王子は心配そうに見つめる。
「すまなかった。二度と浮気をしないから」
「していいわ。その代わり浮気する度、鉱山を三つ頂戴」
「ああ。かまわない」
「では書面に残し、陛下のサインを頂きましょう。ダイヤモンドとルビーと金。もう鉱山は決めてるの。お先に失礼するわね」
王子夫妻は仲良く去っていった。
王子妃殿下には、どんどん鉱山を奪って欲しい。
「大丈夫だった? 君が傷つく顔はもう見たくないんだ」
美しい聖騎士が私をじっと見つめる。
クレームブリュレは、ほろ苦くて甘い。大好きなの。
「あらあら。すごい溺愛っぷりね」
「あんな聖女から解放してくれたんだよ? そりゃ愛しいよ」
「まあね──。少しも自分が悪いと思ってなかったもんね」
シラーヌは、思い返し呆れた。
そう、聖騎士を解放したのは私。
港で、私は切り替えて、前を向いた!
元婚約者が聖女とアバンチュールで終わらず、しっかり婚約するよう唆した。
「聖女様の配偶者は王族と並ぶ地位となる」
「神殿の頂点に立つのは聖女様」
「一日の寄付金で高級馬車が買える」
「聖女様の実家は大富豪。質素倹約で貯めこんでる」
嘘八百の聖女の魅力を、召し使いまで総動員で元婚約者に吹き込んだ。
そりゃ、我が家も憤慨してるもの。
「なんて魅力的なんだ!」
思慮が浅い元婚約者はすっかり信じちゃって。
有頂天で我が家に有利な条件で婚約破棄したわ!
だから「愛されないのは、魅力がないお前が悪い」と婚約破棄されても、平気!
むしろ作戦の称賛に聞こえちゃう。
「今、幸せ?」
シラーヌは私に尋ねた。
「ええ。とても」
「私も早く幸せ見つけよっと。婚約解消の協力ありがとう!」
実は、この晩餐を企画したのはシラーヌ。
「教授は、ワンチャンあればホイホイついてっちゃう地味男。けど頭が回る。言い逃れさせずに、確実に婚約解消するため、協力してください」
「王子は浮気の常習犯。隠し子までいる。離婚後に困らないように、私も財源を奪えるだけ奪いたいわ」
と、王子妃殿下も賛同。
「私も、元婚約者とゆるふわ聖女の阿鼻叫喚を見たいです」
もちろん私も賛成で、嫌味な悪役を演じた。
「シラーヌの何も知らない令嬢のふりは、見事だったわ」
「大成功ね。女はね、計画的で賢いの。浮気はわかるのよ」
苦いエスプレッソを、シラーヌは一口で飲み干した───
─────── 結婚式 ───────
今日は、聖騎士と私の結婚式。
「おめでとう! 幸せそうね」
「王子妃殿下も」
「フフ。今は鉱山を九つ所有してるの。離婚調停は来月かな」
「九つ!?」
「喜んで王子を誘惑する子は多いもの。簡単だったわ」
王子妃殿下は、にっこにこ。
「新しい婚約者よ。王子妃殿下の弟なの」
「まぁ。お幸せに。教授は?」
「女生徒の保護者からクレームが多くてね、職を失ったわ。破談理由を『サクランボの唇』まで正確に私が説明してまわったから」
シラーヌも、にっこにこ。
聖女はね、教会から外出禁止。
元婚約者は牢獄にいる───
聖女の治癒で秘密裏に大金を稼いで、国中が大騒ぎになっちゃって。
「俺たちはやりなおせる。助けてください」
「甘えてしまっただけなんだ。助けて欲しい」
「大切なのはたった一人だった。助けて」
なんて手紙が、元婚約者から届いたけど、もう二度と会う気はない。
フフ。ざまぁ。
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