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落魄聖女の逃避行録  作者: 小鷺田涼太郎
第三章 聖女失禁
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第九話

 現在、アトロポシアは事実上、パスチラーラ軍の占領下にある。復興が進む一方、徴発だの接収だの、その兵隊の横暴に泣かされる住民も少なくない。パスチラーラ自身も、街の中心部に建設中の新王宮が出来るまでの仮住まいとして、かつてこの街で最も裕福だった商人の邸宅を接収し、使用している。今、その仮住まいの応接間の、大きなシャンデリアの真下に置かれた大理石のテーブルを挟んで、彼と、例のカルトにおいて猊下と呼ばれている黒ローブの男とが何か話し合っていた。

「それで、例の研究の進捗具合は?」パスチラーラが頬まで伸ばした豊かな口髭をねじりながら訊いた。

「つい先日、製法が確立したとの報告が入った。予定日までにゾンビ二百匹、グール二十匹は作成できるとのこと。で、侯には、死体の調達をお願いしたい」猊下が陰気な声で言った。

「それはお安いことだが、その程度の数のアンデッドでネピエルの街が落ちるのか? あの街の人口は、その百倍はあるぞ」

「何も全滅させるわけじゃないからの。要は、侯の軍隊が介入する口実ができればいい。その為、ジェラートゥスに――」

「ああ、勅命を出させれば良いのだな。儂にゾンビを退治せよと。教皇のお墨付きを得るわけだ」

「そうじゃ。ところで、そのジェラートゥスはどうしておる?」

「あの男なら」とパスチラーラは固太りした身体を椅子の上でひねり、遠く窓の外に見える焼け焦げた大聖堂の方を苦笑いしながら見やって「相変わらずだ。飲んで、食って、若い修道女に片端から手を出して、それでも飽き足らず、あの美人を寄越せだの、刺激的な見世物を見せろだの、しょっちゅう言ってくる。いつも適当にいなして、ご機嫌を取ってるが……そろそろ教育が必要かもしれんな」

 ノックの音がした。衛兵に連れられて、猊下の供が入ってきた。

「猊下、ちょっとお耳を」

「構わぬ。話せ」

「ハッ……アンデッド製造研究課の課員どもが、全て殺されました」

「なに! しかも全員だと?」

 猊下の顔が上向き、フードが後ろにずれた。右目に眼帯の掛かった皺だらけの顔が唖然としている。パスチラーラは黙ったままため息をつき、それから、報告者に視線を戻し、話の続きを待った。

「ハッ、例の施設内にて、十体以上のゾンビの骸と共に、五人の死体が確認されたと」

「なんということ……となると、研究の成果はどうなる? 全て失われたということか? 誰かその五人の他にゾンビ、グールの製造法を把握している者は?」

「いえ、誰も」

「文書などは残していないか?」

「全て捜査当局に押収されたようです。もっとも、現場検証に立ち会ったネピエルの傭兵ギルドの主人によると、それらのほとんどはメモ書きあるいは覚え書き程度のもので、おそらく書いた本人以外、その意味はほとんどわからないだろうと」

「あの無能めが。やはり係長止まりにしておくべきだった」

「計画は延期だな」パスチラーラが口を挟んで冷ややかに言った。

「ううむ……で、殺ったのは誰だ?」

「二人の女だそうです。一人は背の高い剣士。一人は……小柄で色白の美人」

「……小柄、色白、美人……他に特徴は?」

「ハッ、年はおそらく十四、五。服装は庶民の装い。しかし挙措は洗練され、とても傭兵や賞金稼ぎには見えない。ギルドの主人の見立てでは、あるいは最近に没落した、どこか良家の子女かもしれないと」

「……アリーネか?」

「ハッ、その可能性も」

 パスチラーラが衛兵を手招きし、何か言伝をした。

「やはり生きておったか。で、そいつらは今どこに?」猊下の声に憎しみが籠った。

「……ネピエルを既に出たことはわかっていますが、行き先までは……」

 部屋に沈黙が落ちた。どこか外で小鳥がさえずっている。ほどなくノックの音がして、役人らしい四十絡みの男が入ってきた。

「お呼びでしょうか?」

「ああ、女を二人、探して捕らえろ。人も経費もどれだけ使っても構わん。とにかく最優先で取り組め。詳細はそこの男が知ってる。あとな――」とパスチラーラは呼んだ男を近づけ、彼の耳を手で覆い、声をひそめて「二人の内の大きい方は殺しても構わん。だが小さい方は絶対に殺すな。必ず無傷のまま儂の前に届けろ。よいな」

 世間の噂に拠れば、アリーネの優れた容色は大陸で一二を争うとされていた。

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