8話:占奈さんの占い結果【ゴーグル】
今日もいつも通り占奈さんに占いをしてもらう。
教室のざわめきが少し遠くに聞こえる中、占奈さんが水晶玉に集中している。見慣れた光景だけど、何度見ても新鮮な気持ちになる。
「見えてきたよー! ゴーグル! いいことあるよ~」
占奈さんは嬉しそうに足をパタパタさせる。
その仕草に思わず微笑んでしまう。毎朝の占いが、僕にとって幸せな時間だ。
「天夜くんって泳げる?」
きっと今日あるプールの授業の話だろう。僕は少し緊張しながら答える。占奈さんに良いところを見せたいという気持ちが自然と湧いてくる。
「そこそこかな。占奈さんは?」
占奈さんは少し恥ずかしそうに顔を赤らめて答える。
「わたしはね、どっちだと思う?」
「え、占奈さんはのんびり屋さんだから…いやでも意外と……」
僕は真剣に考えを巡らせる。占奈さんはのんびりしているけれど、時折見せる活発な一面もあるから、どっちなのか本気で悩む。
悩んでいると占奈さんが無邪気な笑顔で答えを言う。
「正解はね、沈まないけど進めないでした」
彼女はその言葉を言い終えると、両手をバタバタと動かして見せる。まるで水中で泳いでいるかのようなジェスチャーに、思わず笑みがこぼれる。
「つまり、泳げない?」
「なんかね、手足バタバタしても進めないんだよね」
占奈さんは、楽しそうに小さな手足を動かしながら話す。その無邪気な姿がなんとも愛らしくて、僕は自然と笑顔になった。
● ○ ● ○ ●
プールの授業が始まった。
プールを挟んで対面に女子たちが並んでいる。思わず、占奈さんを見てしまう。
水着姿で髪の毛をまとめて帽子に収めた占奈さんは、一生懸命にゴーグルを調整している。その無邪気な姿に見惚れてしまう。
「天夜、見過ぎだぞ」
隣にいる友達の萩村くんに小突かれる。
「み、見てませんし」
慌てて言い訳するが、占奈さんの姿が頭から離れない。占奈さんも隣の女子、桜葉さんにゴーグルを見せて調整を手伝ってもらっている。教室でも話している姿を見かける二人だ。
授業が始まり、プールで泳ぎ始める。僕は本当に運動が得意な方で、泳ぎもある程度得意だった。自由に泳ぎの練習時間が始まると、プールの中をスムーズに泳ぎ回る。
水中の音が心地よく耳に響き、リズムよく泳ぎ続けていたその時、背後に何かがぶつかる感覚があった。驚いて振り返ると、そこには占奈さんがいた。
「あ、天夜くん。あのね、ゴーグルが壊れちゃって……目をつむってたらぶつかっちゃった、ごめんね」
占奈さんが申し訳なさそうに言う。
「大丈夫だよ、僕が気づかなかっただけだから」
僕は笑顔で答える。
占奈さんの表情は少し疲れているようだ。占奈さんは縁に上がり、休憩をすることにしたみたい。
プールの縁に腰を下ろす占奈さん。
プールの中から見上げると、彼女の髪から水滴がぽたりぽたりと垂れ落ち、しなやかな肩を滑り、胸、お腹へと伝っていく。陽射しを浴びた水滴は、小さな宝石のようにキラキラと輝いている。
その一滴一滴が彼女のなめらかな肌をなぞりながら、ゆっくりと太ももの間に集まっていく。僕の視線を完全に捕らえて離さない。
「あ、天夜くん!ちょっと恥ずかしい」
彼女が足をモゾモゾさせる無邪気な仕草が、余計に可愛らしく感じられる。
「ご、ごめんなさい」
「もうっ!」
僕の言葉に、占奈さんはぷくっと頬を膨らませたかと思うと、少し俯いて小さな声を出す。
「私ってさ、ほんと、ドジでおっちょこちょいで、今日もゴーグル壊れちゃうし、占いも外れちゃうし」
「嫌になっちゃうね」
占奈さんは少し悲しそうに足をパタパタさせる。その仕草が心に刺さり、胸が痛くなる。
僕は占奈さんの気持ちが少しでも楽になるように、優しく声をかける。占奈さんの悲しげな顔を見ていると、何か力になりたいという思いが強くなる。
「大丈夫だよ、占奈さん。占奈さんが困ってたら僕が助けてあげるから。それに、占奈さんはしっかりしてるよ」
僕は自分のゴーグルを差し出す。
「え?でも、天夜くんが…」
占奈さんが戸惑った様子で言うが、僕は安心させるように微笑む。占奈さんの瞳に映る自分の姿が、少しでも頼りに見えるように願いながら。
「ゴーグルなくても泳げるから大丈夫だよ!占奈さん使って!」
「ありがとうね、天夜くん」
占奈さんは僕のゴーグルを胸の前で大切そうに抱きしめる。占奈さんの笑顔が少しでも戻ったことに、僕も安心する。
「じゃあ僕はもう行くね」
泳ぎの練習を続けるために、僕はプールの中へと戻る。
● ○ ● ○ ●
練習の途中、水中で占奈さんを見つける。占奈さんは水の中でバタバタと動き、まるで金魚のように手足を動かしている。
占奈さんも僕のことを見つけたようで、目が合う。
「 ◯ ➖ ⚪︎ ➖ ◯ !」
占奈さんが口パクで何かを言っている。水中で見える占奈さんの笑顔がとても可愛らしいが、何を言っているのかはわからない。
(きっと「ありがとう」って言ってるんだろうな)
そう思いながら僕も手を振り返す。
占奈さんは逃げるようにバタバタ泳ぎ去る。その姿に僕の胸はドキドキと高鳴る。
● ○ ● ○ ●
プールが終わり、教室に戻ると、もうすぐ昼休みの時間だった。占奈さんの濡れた髪は机の上に垂れ、その一滴一滴が陽光を受けてキラキラと光っている。
「ねぇ、占奈さん、水中でなんて言ってたの?」
僕は占奈さんに問いかける。その瞬間、占奈さんの頬がほんのりと赤く染まり、髪をくるくると指で巻き始める。
「き、きかないで……」
占奈さんの声は小さく、恥ずかしそうに視線を逸らす。その姿がとても愛らしく、胸が締め付けられるような感覚を覚える。
「う、うん」
僕はそれ以上何も言えず、静かに頷くだけだった。教室の中は静まり返り、ただ二人の間にプールの塩素の香りが漂っていた。
占奈さんが使ってくれたゴーグルは、僕指定文化財。
「今日も占い当たっていたよ、占奈さん」