7話・前編：占奈さんの占い結果【枕】
朝の陽射しがカーテンの隙間から差し込み、目を覚ました僕はスマホのアラームを止めると同時にRINEを開いた。まず一番に確認するのは、占奈さんとのメッセージだ。
「占奈さんおはよう」
送った途端、すぐに既読がついた。心臓がドキッとする。
「天夜くんおはよう、早いね」
占奈さんも起きていたんだなと嬉しくなる。
「占奈さんとのお勉強会が楽しみで目が覚めちゃった」
少し照れくさくて、でも期待に胸を膨らませながら送信する。
「私も天夜くんと会えるの楽しみ」
その返事を見て、心が一気に温かくなる。占奈さんも同じ気持ちなんだと感じると、さらにドキドキする。
「お勉強会が！楽しみ！」
「準備する！」
連続で送られてくるメッセージに笑みがこぼれる。
○ ● ○ ● ○
「そろそろ向かうね」
送信してから既読がつかないけれど、彼女も準備で忙しいのだろうと想像する。僕も慌ただしく支度を済ませ、家を出た。
外に出ると、太陽が眩しく照りつけ、少し吹く風が心地よい。心の高揚感に背中を押されるように、足取りも軽く、占奈さんの家へと向かう。
途中、お土産を買っていこうと、近くのスーパーに立ち寄る。占奈さんの教室での姿が頭に浮かぶ。占奈さんが好きなものを買って喜んでもらいたい。
（正午の紅茶を飲んでたなぁ。たまに教室で羊羹食べてたなぁ）
占奈さんの好みを思い出しながらカゴに詰めていく。自分が占奈さんのことをよく見ていたことに気づき、少し恥ずかしくなった。視線に気づかれていたらどうしようと不安になる。
レジを通り、袋詰めを終えたあと、お店から出ようとガチャガチャの並んでいる前を通った時、見覚えのある後ろ姿が目に入った。
しゃがんでガチャガチャを見つめる白いワンピースを着た紫の長髪の女の子。間違いない、占奈さんだ。
後ろからそーっと近づき、占奈さんの様子を見守る。占奈さんは水晶玉のガチャガチャを眺めていた。手にはスーパーで買った商品が入った袋と、すでにゲットしたガチャガチャのカプセルが2つ。
占奈さんは僕に気づかず、もう一度お金を入れてハンドルを回した。僕は占奈さんの後ろでそっと見守る。
出てきたカプセルを嬉しそうに開ける占奈さん。
「やったぁ！」
小さな声で喜ぶ占奈さんに、僕の心臓も跳ね上がる。勢いよく振り返った占奈さんと目が合う。
「あ、天夜くん！？なんで！？」
顔を赤くして驚く占奈さんに、僕も照れ笑いを浮かべた。
「ちょっと買い物をね」
「み、見てたの？」
「最後の方だけ、ごめん」
占奈さんは少し頬を膨らませて小声で呟いた。
「声掛けてくれてもいいじゃん。天夜くんとやりたかった……」
後半は声にならないくらいの小声だったけど、僕はハッキリ聞こえた。その言葉に胸がキュンと締め付けられる。
「も、もう行くよ！おいで！」
占奈さんはテクテクと歩き出し、僕も彼女の後を追って隣を歩く。
○ ● ○ ● ○
二階建ての一軒家に到着し、占奈さんが玄関の扉を開けた。
「ただいま〜」
「入っていいよ天夜くん」
ドキドキしながら扉をくぐると、占奈さんのお母さんが出迎えてくれた。占奈さんと同じ紫の長髪でスタイルが良く、僕より背が高い。
「あら、お友達って男の子なの〜」
「は、はじめまして！天夜です！本日はお招きいただきありがとうございます！」
占奈さんのお母さんの登場につい焦って全力で答えてしまう。
「そんなにかしこまらなくていいのよ〜でも偉いわ〜」
占奈さんのお母さんは落ち着いた雰囲気で、優しそうな笑顔を浮かべていた。
「天夜くんいらっしゃい、どうぞ入って」
占奈さんのお母さんに言われ、靴を脱いで框に上がる。
「おじゃまします。あの、これお土産です」
買ってきた飲み物やお菓子類を渡すと、占奈さんのお母さんは嬉しそうに受け取ってくれた。
「あらー、ありがとうね！あとで届けに行くわね」
占奈さんが自分の荷物を置いてリビングから戻ってきた。
「天夜くんいこ、2階が私の部屋なんだ。お母さん、お勉強会するから、邪魔しないでね！」
階段を上り、突き当たりの扉を開けると、占奈さんのいい匂いが部屋の中に広がっていた。
白を基調とした天井と壁、緑のカーペット、紫の小物が散りばめられた部屋。机とベッドの横には水晶玉が2つ置いてあり、タンスやテーブルなど、全てが綺麗に整頓されている。
（ここが天国か）
思わず心の中で呟いてしまった。
「天夜くん？中に入っていいよ」
占奈さんの声で我に返る。カーペットの上にある小さな机にノートを出して座る占奈さん。
本当に、入っていいのかな。異性の部屋に1対1で入るなんて、どうなんだろう。そもそも家に入るのもどうなのだろうか。急に緊張が高まる。
「もー天夜くんってば！」
占奈さんが僕の手を握り引っ張る。
「はい、座って！」
言われたまま座ると、占奈さんが微笑んだ。
「ようこそ！どう？私の部屋は？」
焦っていた僕は、考えがまとまらないまま、目の前に座っている占奈さんに思ったことがそのまま口に出てしまった。
「あの、占奈さんがとても可愛いです」
占奈さんは一瞬固まり、次の瞬間には顔を真っ赤にしてバタバタと手を振り始めた。
「え！？へ、へやのこときいたんだよ！？」
お互いに恥ずかしくなり、俯いてしまう。その時、扉を叩く音がした。
「お菓子と飲み物持ってきたわよー」
占奈さんのお母さんが入ってきた。持ってきたお盆の上には、占奈さんのよく食べていた和菓子のバラエティパックと、正午の紅茶。それと、イチゴのチョコレートとカフェオレ。あれ、僕の好きなお菓子と飲み物だ。
（あれ、占奈さん僕の好きなもの知ってくれていたのかな）
「あー！天夜くん私の好きな物買ってきてくれたの？ありがと！！」
占奈さんは嬉しそうに目を輝かせながら、お盆を受け取る。その笑顔を見ると、僕の胸が温かくなった。
「う、占奈さんも僕の好きな物買ってくれたの？」
「う、うん。天夜くんよく教室で食べてるなって」
その言葉に、僕は驚きと嬉しさが混じった感情で胸がいっぱいになる。占奈さんが僕のことを気にかけてくれていたんだと思うと、心が弾んだ。
しかし、占奈さんも自分がつい言ってしまったことに気づいたようで、顔を赤らめて視線をそらす。僕たちの間に一瞬の静寂が訪れ、お互いに恥ずかしさと気まずさで口をつぐんでしまった。
静かな空間が広がる。
「ねぇ、あなたたちって付き合ってるの？」
占奈さんのお母さんが突然聞いてきた。
「ちがうよ！もう、お母さんは出ていって！」
占奈さんが全力で否定している。その言葉を聞いて、僕は胸が痛くなった。占奈さんは僕をどう思っているのだろう。
「はいはい、しっかり勉強するのよ〜」
占奈さんのお母さんが手を振りながら出ていく。すると、扉がまた開き、顔だけ出して話した。
「天夜くん、真理が男の子を家に呼んだの今日が初めてだから安心して」
それだけ言うと、扉を閉めて階段を降りていく足音が聞こえる。占奈さんのお母さんの言葉の意味を考えながら、振り返っていた姿勢を戻す。
「もー、ごめんね天夜くん。私のお母さん少ししつこくて」
「でも優しそうでいいお母さんだと思う」
僕が答えると、占奈さんはにこりと笑った。
「じゃあ、来月のテスト対策のお勉強会はじめよ！」
しかし、占奈さんはなぜか立ち上がり、僕の後ろにあるベッドに腰を掛けて水晶玉を取り出す。
「その前に、占いさせて天夜くん」
占奈さんの顔を下から見上げると、彼女の瞳がキラキラと輝いているのが見える。
「い、いいんですか？」
部屋まで来て占いまでさせてもらえるなんて！
「でた！おかしな天夜くん！ふふふ」
占奈さんはクスクスと笑いながら、僕の手を取って自分の隣に引っ張った。彼女の手の温かさが僕の手に伝わってくる。
「こっちきて」
占奈さんに言われるまま、隣に座る。心臓が高鳴り、鼓動が耳元で響いているのを感じる。占奈さんのベッドはふかふかで柔らかく、その温もりが僕の体に伝わってくる。
占奈さんの太ももの間に水晶玉が挟まれているその光景が、なんともいえない親密さを感じさせる。
占奈さんは真剣な表情で水晶玉に手をかざしている。僕の視線は自然と占奈さんの顔に引き寄せられる。まつ毛の長さ、ほのかに赤く染まった頬、集中している占奈さんの姿が愛おしくてたまらない。
占奈さんの温もりと柔らかさがすぐそばにあり、香りが漂ってくる。
占奈さんの唇がかすかに動いた。
「みえてきたよ！ 枕！ いいことあるよ〜」
占奈さんの声が耳に届くと、ドキドキする心臓がさらに高鳴る。占奈さんの言葉一つ一つが僕の心を揺さぶる。
――後編へ続く
