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十月は電気石(五)
彼女の待ち人はまだ来ないようだ。店内には人が増えてきた。毎夜ありがたいことだとは思うのだが、今夜は彼女が気になる。皆がハッと目を瞠るほどの美人だ。初顔というだけでも気を引きやすいのに、ジロジロと見たくなるほどの存在感がそこにある。いっそのこと早く立ち去ってくれればとさえ思ってしまう。
二杯目のグラスがだいぶ減ってきたのは確かだ。矢作が一歩を踏み出す。どうしたことか、私はそれが気に入らない。
私はシェーカーに氷を入れると、バレエの動きのようにいかにも優雅に、頭の上に両手で掲げ、右手の平にかざして左手は腰下で踊らせ、そのようなことを始めて店内の人の目を引いた。矢作は案の定私に気を取られ、カウンターに近寄ってきた。彼女は私の方をチラリとくらいは見たようだけれど、あっちとこっちの時計と、それから出入り口の扉の方がもっとずっと大事なようだった。