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三月は藍玉(一)
姉の名前は「アクア」と言った。「阿久愛」と書くのだそうだ。三月生まれで、誕生石の「アクアマリン」にちなんで名付けられたらしい。母は「天空海」にしたかったそうだが、あまりに仰々しい厳かな名前に父は共通の恩師の苗字「阿久」を貰い受けると言い張って、「愛」を添えたとのことだった。長女にしては大人しく、でも優しい気持ちを持ち合わせた個性的な美人だった。
阿久愛には二つ年下の弟がいた。「藍」とかいて「ラン」という名前だった。「アクア」といえば「ブルー」だろうと父母は言った。この男の子も大人しく、気の優しい、キリッとした印象的な顔立ちの少年だった。
実は、この姉弟の間にはもうひとり女の子がいた。この子が「マリン」だった。「毬」に「鈴」と書いて、日本らしい美しい名前であり、決して「マリリンではない」と、父母は陽気に笑っていた。この女の子は一歳を迎えることなく、そのごく短い人生を終えたのだが、姉と弟とは常に共にあり、その美しく成長した姿を見せつけているのだった。