一二月は灰簾石(一〇)
若くはない男は運転手に代わって開かれた後部ドアを抑えた。運転手には早々に運転席に戻れという仕草を見せた。それでも龍美は口をへの字のままにしてそこに立っていた。男は車内へ向かって背中を屈め、龍美が座るべきシートを右の手の平でパンパン、パンと三回叩いた。奥の男は驚いて、その男を睨むように見入った。そして男は、奥の男をまんじりと見たまま大きな、明らかに苛ついた声で龍美に聞こえるように言った。
「碕山さんッ!」
「は、ハイっ。」
「さっき、見つかったようですよ、その刑事さん!」
それだけ言うと、男は車内から身体を外に移し、龍美を見下ろした。
龍美は男にすれすれでぶつからないようにして車へ乗り込んだ。
「ご無事だったんでしょう?」
よせばいいのに運転手が聞いた。龍美の目がかっと開いた。運転手はヒッという驚きの声をあげることができず、前に向き直って姿勢を正してハンドルを握った。男はバン!と後部扉を締めた。龍美は窓越しに男を見た。男は目をごく短い間一度閉じて開き、そしてごく軽くうんと頷いた。
奥の男はいかにも気に入らないといった感じで貧乏ゆすりを始めた。心なしか隣の男からできるだけ距離を置くよう、窓に身体をもたせかけて龍美は腰掛けていた。その目には涙が溢れていた。決してこ溢れ落ちることのないようにキッと口を結び、前だけを見つめた美しい顔を乗せたまま車は出発した。