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一二月は灰簾石(七)
決して若くはない方の男は、龍美の左側一歩手前を歩き、いつの間にかもうひとり別の男が龍美の右側一歩後ろを歩いていた。つまり龍美はもうどうあっても逃げられなかったのだ。いや、あのタンザナイトのネックレスをあの店に置いてきた時点で、逃げようなどという考えは龍美はすでに失ってはいた。
少し歩いたところ、駅の裏手というのだろうか、そんな場所に闇夜の中でも黒光りする高級車が停まっていた。喫茶店で支払いを済ませた若い男も後ろから迫ってくるのが見える。年老いた男は後部座席の扉を開き、龍美を誘う。龍美はドアの前に立ち、中へ向かって言う。
「なにもしてないわよね?カズさんには。」
後部座席の右奥には誰かがいるらしかった。龍美はしばらく待ったが返事はなく、鼻息が粗くなるのをなんとか抑えてもう一度聞いた?
「ねぇ!…そうでしょう?」
返事を聞くまで乗ってやるものかという龍美の意地と、そうやすやすと答えてはやるまいぞという誰かの意地が火花を散らしていた。
「どうなのよッ!」
龍美はらしくもなく声を荒げた。