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一二月は灰簾石(五)
龍美が清らかな水が注がれた背の低い、その小さな美しい手には不釣り合いの大きなまん丸のウィスキーグラスの縁に唇をつけようとしたとき、店の扉が外から叩かれ、一人の男性が入ってきた。男性は店の中に一歩入り、扉の前に立った。
「お迎えに参りました、奥様。」
実に身なりのいい、ていねいに手入れされた靴を履いた、決して若くはない男性であった。
龍美は振り返ることなく、しばらくグラスの中の水を見つめた。揺れる水面に自分の姿を映しているかのようだった。そして、その清らかなる水を飲み干した。
その間に男性は龍美が元居たテーブルへと移動し、ボストンバッグを抱え、また素早く扉に戻ってドアノブに手をかけた。
龍美は飲み干したグラスをテーブルに置き、その手で首からペンダントを外し、グラスの横に並べた。
「ごちそうさまでした。」
マスターと、駅長とにとびきりの笑顔を見せて龍美は扉へと向かった。迎えの男性がドアを開けると、外側にはもう一人、歳の若い男性がいた。彼はボストンバッグを受け取って店内に入ってくると、二人は出て行ってしまった。