一一月は黄玉(二五)
希依は駆け上がったホームに到着したばかりの電車に乗った。通勤の時間帯を過ぎた車内は人もまばらだった。席に着き、ぼんやりと窓の外を見やった。
向かい側のホームには数人の人が立っていた。自分の真向かいあたりに女性がいた。その女性は…、自分によく似ていた。自分が好んで着そうな衣服を身に着け、バッグも、背格好も、…、顔もよく似ている。コチラを見ている!そう!!その女性は確かにこちらを見ている!!その人は、似ているどころじゃない!自分にそっくりだ!希依は立ち上がり、向かい側の席に膝を立てるような姿勢で身を乗り出す。向かい側のホームにも電車が到着する。「アイツ大丈夫か?」と背後から聞こえてくる声を希依はもろともしない。向かい側では彼女も電車に乗って来て、ちょうど希依の向かい側に立つ。希依は彼女の方を見たまま右足を下ろそうとするが、発車を知らせる音楽が鳴り始める。慌てふためく希依が振り返る窓越しには彼女の不敵な笑顔が見える。決して派手さはないがかわいらしい顔をした彼女が、なんともいえない実に嫌な笑顔をして見せている。そして人差し指を立てて見せる。希依の視線がそれを追う。人差し指の腹をチェーンに沿って滑らせて、先端に達したところでトパーズを突き出すようにして見せつける。希依はいまこそ電車を降りようとするが、扉はすでに閉められ、非情にも発車する。希依は窓の向こうに見える彼女を拳で叩くが、自分にそっくりな、それでいて冷ややかな笑顔は遠のいていった。