一一月は黄玉(二四)
「あ、は…、」
希依は学校の名前を出すことを躊躇した。
「いえ、地元の…その、知人でして…」
女は訝しげな表情を変えることなく、答えた。
「入口ですれ違いませんでしたか?さっき出ていったばっかりで、今日は遅くまで戻りません。」
これを聞いて希依は駆け出した。扉のノブが引っかかって、うま廻らなかった。受付の女にお礼も言わなかったことに気がついた。ドアノブが廻った。扉が開いた。一歩外に出て女の方へ向き直り、深くお辞儀をした。扉を締めた。大きな音がした。予想を遥かに超えたあんまりにも大きな音だった。もう一度扉を開けて謝ろうかと思ったが、それは辞めて、扉へ向かってもう一度深くお辞儀をした。希依の横を訝しげな表情で通り過ぎ、社内に入って行った男性があった。受付の女も訝しげな表情で季衣を認めた。希依は階段を駆け下りた。出したスピードが止まらないといったくらいの速さで、大きな足音を立てて駆け下りた。階段を上がって来る人が恐怖を感じて立ち止まるほどの勢いだった。地上階までたどり着いた希依は開けっ放しの正面玄関も走り抜け、勢いを落とすことなく駅の方へ向かって走り続けた。その目からは涙がちょちょ切れていた。下唇を強く噛み、拳を強く握り、強張った表情のまま街を駆け抜けて行った。