闇野美琴は落ち込んだジャドウをとにかく励ましています。
土曜日の夜のことでした。わたしがベッドに入って眠ろうとしていますと、玄関の扉を軽く叩く音がします。誰かと思って応対に出ていますと、立っていたのはジャドウ=グレイさんでした。
外は大雨でしたので、彼の自慢の白髪やお髭からはポタポタと水滴が落ちて、白い軍服がびっしょりと濡れています。
一九八センチもあるジャドウさんですけれど、その時は肩を落とし少し猫背になって、眼光にも覇気が消えています。全体的にしょんぼりとした雰囲気が漂う彼の姿を見るのは初めてでしたので、わたしは驚いてたずねました。
「ジャドウさん、どうしたんですか!?」
「美琴よ……吾輩に酒を恵んではくれぬか」
「とりあえず中に入ってください!」
慌てて彼を入れて大きめのタオルで身体を拭いて、バスローブを貸しました。
わたしとはサイズが違うので心配でしたけれど、少しでも冷えた身体を温めてほしかったのです。
それから、彼の足元でヒーターをつけて、熱々の緑茶を沸かして湯呑に入れて差し出しました。
彼はいつもの飄々とした態度も鳴りを潜めて、心ここにあらずといった様子でぼんやりと椅子に腰かけ、湯気を立てている湯呑を眺めています。
「はああぁ~……」
口から吐き出されたため息が落ち込みの深刻さを物語っています。
ブツブツと何事か呟いていましたが、やがてお茶を口に含みました。
「おいしいですか?」
「緑茶は口に合わぬが仕方あるまい」
「ご、ゴメンなさい」
ぺこりと頭を下げてから、はたと考えます。
「ジャドウさんはお酒が飲みたいのですか」
「先ほど、そう言ったはずだが」
「すみません。お酒はないんです……」
「だろうな」
「でも代わりにおいしいものを作りますから、それで我慢してくださいね」
「吾輩はものは食わぬ」
「ずぶ濡れで体力を消耗してしまいますし、ごはんを食べないとダメですよ。
それとも、食欲がないのですか」
「吾輩は酒しか飲まぬ」
お茶飲んでいますよねというツッコミは心の中に閉じ込めました。
彼の発言を聞いて思い出したのですが、わたしは一度も彼の食事シーンを見たことがないのです。
毎日のように浴びるようにお酒ばかり飲んで、まったく悪酔いすることはないのですけれど、だからこそ骨と皮ばかりになるのだと納得しました。
初めて出会った時からガリガリでしたけれど、今はもっとやせ細って骸骨のように見えるのです。
ホラームードは出せるかもしれませんが、やはり健康が心配になってきます。
それに、何があったのか気になるのです。
黙っている彼に塩おにぎりとたくあんをお皿に入れて差し出し、椅子に腰かけ向かい合います。
「よかったら何があったか教えてもらえませんか。少しだけなら力になれるかもしれませんし」
ジャドウさんはモソモソとおにぎりを食べて、長い間沈黙してから、肘を机について指を組んで話し始めました。
「スター様がお怒りになられたのだ……吾輩が酒を飲みすぎると」
「それは、いつものことですよね?」
「スター様の怒りを買うなど吾輩にあってはならぬのだ。だが、酒だけは譲れぬしやめられぬ……それで、スター様は吾輩に頭を冷やすようにと」
「それで雨の中を彷徨っていたのですね」
「左様」
「エネルギーが切れかけたのでわたしに何か恵んでほしいと思ったんですね」
「だが、お前が吾輩を受け入れるとは思わなかった。門前払いするものだと」
「わたしは鬼ではありませんよ。仲間が困っていたら助けるのは当たり前です」
「仲間、か。吾輩のような者でもか」
「ジャドウさんはわたしのことをあまり好きじゃないかもしれませんが、わたしにとってはあなたも大切な仲間ですよ」
「恩に切る」
短く告げた彼の言葉は、たぶんわたしにとってはじめてのお礼だったのかもしれません。
普段は滅多に会話もしれてくれませんけれど、こうして彼とお話ができて、嬉しかったです。
おしまい。