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8.

「久しぶりの母の手料理がお茶漬けかよって思ってたけど、でも病気の俺にはちょうど良くてな。少しの量を、長い時間をかけて食べたんだ。俺がゆっくり食べているのを見て、”スーパーが見つからなくてコンビニでレトルトご飯とお茶漬けの素しか買えなかった”と……母は涙を流しながら、そう謝ってくれた。田舎育ちの母だから、初めての都会に右も左も分からなくて買い物をするにも一苦労だったんだろうな」

「そっか。じゃあただのお茶漬けじゃなくて、お母さんの愛情がたっぷり入ったお茶漬けなんですね」


 遠慮なく言うと、男性は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。その後に、少し照れくさそうな顔をして「若いっていいな」と口角を下げながら、器用に笑う。


「いえ、俺は若くなんか、」

「いい、いい。素直な言葉で自分の感情を表現できるのは、悪いことじゃないんだから」


 そう言った後、男性はレンゲをお茶漬けの中に浸す。するとレンゲを中心に小さな渦が出来、浮かんだ具やご飯がお汁と一緒に、レンゲの中に吸い込まれていった。そして男性はゆっくりと口へ運ぶ。ゴクンと喉を鳴らした後は「はぁ、美味いなぁ」と、どこか悲しそうに笑って言った。


「俺も君みたいに、いつも素直に自分の本音を話せてたらと。たまに、そう考えるんだ」

「どういう事ですか?」

「さっき”病気をした”って言ったろ。その病気の正体は、ガンだった。発見した時は、既に時遅しだ。みるみるうちに体調が悪化して、今じゃこのザマだ」


「このザマ」と言った時に、男性は白装束をクイッと引っ張る。何も言えなくなってしまった俺を見て、男性も俺から目を離した。そして、どんぶりの水面に映った自分に、静かに視線を落とす。


「ガンって事、言わなかったんだよ、母親に。二つ年上の兄貴がいるんだけどな。必要な事は、全部その兄貴に頼んでいた」

「な、なんで……なんで、そんな大事なことお母さんに言わなかったんですか?」

「言わなかったじゃなくて、”言えなかった”んだよ」

「……」


 男性は水面から視線を外し、俺を見る。


「お茶漬けを作って泣く母親だぞ?俺がガンになってしまって余命が僅か、なんて聞いたら……ショックで母親の方が先に死んでしまうんじゃないかって。そんなことを思ったのさ」


 その時、男性が支えているどんぶりの水面が、ゆらっ、と――僅かに揺れた気がした。いや、気のせいじゃない。水面は揺れ続けている。まるでさざ波のように。それが男性の「悲しみで揺れる心」だと理解するのに、時間はかからなかった。

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