7.
「お、お待たせしました~」
厨房から出た俺は、カウンターに座るお客様たちの後ろを通り、一番右に座っている男性にたどり着く。「後ろから失礼します」と声をかけ、そっと、テーブルにどんぶりを置いた。
「お、お茶漬け、です」
「……」
む、無言だ。何も喋らない。お茶漬けを、これでもかと凝視している。やっぱりメニューが違ったんじゃない?だって、どう考えたっておかしいじゃん。あんなに大きい体をした男性が、少量のお茶漬けなんて変だって!絶対に足りないって!
だけど男性は、ふっと。肩の力を抜いて笑った。そして、ポツリと言葉を吐く。
「あぁ、懐かしいなぁ」
「え……」
それだけ呟くと、男性はカウンター備え付けのレンゲを手に取る。まずはお汁だけをすくって「ジュッ」とゆっくり、だけど逸る気持ちが抑えきれなかったのか、音をたてながら口に含んだ。そして暫くして「うん」と、眉を下げて頷く。
「うん、間違いない。思い出のご飯だ」
「……」
”間違いない”、なんだ。少量のお茶漬けが出てきて、てっきり怒られるかと思ったのに、正解なんだ。俺はどうしても理由が知りたくて、まだまだ店内が忙しい最中と分かっていても、気持ちを抑えきれずに「あの」と男性に声を掛けてしまう。
「どうしてお茶漬けなんですか?しかも、こんなに少ない量……」
すると男性は、俺に声を掛けられたことにビックリしつつも、徐々に表情を緩めていった。そして「これはな」と、お茶漬けに目を移して、その汁の熱で赤くなった唇を開く。
「これは俺にとってただの茶漬けじゃないんだ。思い出のある、忘れられないご飯なんだよ」
どんぶりの外側を二、三度撫でる男性。その手つきは優しい。
「プロレスラーを目指した俺が、一人で上京して、その時に病気をした。寝込んで連絡がとれなくなったのを心配した母が、新幹線で俺のアパートまで突っ走って来たんだ。そして、右も左も分からない都会の中に一人飛び出して、必死に買い物して作ってくれたんだよ。それが、このお茶漬けだ」
「へぇ、優しいお母さんなんですね」
俺が笑うと「優しい。けど、変な母親だ」と、男性は謙遜して笑った。