6.
「思い出ご飯」と聞くと、俺の場合すごく豪華な料理を連想する。たくさんの数の小鉢が出てきて、刺身とか松茸とか揃っている、高級旅館で出てくるようなご飯だ。だけど、かわよこ食堂においての「思い出ご飯=豪華」ではないらしい。
ずらりと並ぶ食券の端から目を通し「ふむふむ」と頷くヨミ子さん。食券には「思い出ご飯」と書かれているだけだが、ヨミ子さんは何やら料理を作り始めた。ヨミ子さんにしか見えない「何か」が、食券に書かれているのだろうか。
「ヒト平さん、すみませんがご飯をどんぶりによそってくれますか?」
「……あ、うん」
いけない。考え事をしていたら、反応が遅れてしまった。俺は今バイトなんだから、きちんとしなくちゃな。
食器棚に近づき、どんぶりを手に取る。どの食器にしようかな?と悩む手間は省けた。なぜなら、食器棚に置かれている食器は、どんぶり一つだけだからだ。
「なんで一つなんだ?」
そんな疑問を抱えながら、次に炊飯器を探す。見回すと、かなり大きい炊飯器が、厨房の端に鎮座していた。
「ヨミ子さん、ご飯はどれくらいの量をよそおうか?」
大人の俺がギリギリ持てる大きさだから、このどんぶりはかなり大きいぞ。一体、誰が食べるんだ。そんな事を思っていたら、ヨミ子さんは「いえ、すごく少量でお願いします」と返事をする。
「え、少量?」
「はい!」
「ふうん?少量のご飯なのに、大きなどんぶりを使うんだな」
俺が言うと、ヨミ子さんは「フフ」と笑みを浮かべた。もしかして、何かの意味があるとか?
小首を傾げながら、どんぶりに少しのご飯をよそう。するとヨミ子さんが、とある小袋とポットを持って来た。その小袋は、すごく見覚えがある。俺も生前、たまに食べていたアレだ。
「ねぇヨミ子さん、それってお茶漬けの素だよな?」
「そうですよ~。今からお茶漬けを作りますね」
「お茶漬け?それが思い出ご飯?」
「はい。食券にそう書いてありました!」
やっぱり、どうやらヨミ子さんの目にしか見えない文字が、あの食券には浮かんでいるらしい。俺には「思い出ご飯」としか見えなかった、あの食券。不思議だ。
「じゃあ、仕上げに入りますね~」
ヨミ子さんは小袋をビリっと開け、俺がよそったご飯の上にパラパラと振りかける。そして均一に具が落ちたところで、ポットを傾けて、お湯を注いだ。お湯に触れた具たちは、どんぶりの中を泳いだり、ご飯に引っ付いていたりと、自由に過ごしている。
「でも、これ……ヨミ子さんが料理してるっていうよりは」と言いかけた時。ヨミ子さんが目を細めて笑った。
「じゃあこれ、カウンターの一番右に座られている、体格の良いお兄さんに持って行ってください」
「え、これを?あの人が食べるの?」
大きなどんぶり。その中に盛られた少しのご飯。しかも、食べ応えのないヘルシーなお茶漬け。そのメニューは、筋骨隆々な男性には、かなり不釣り合いのご飯に見えた。
だけど、店主に「行け」と言われたら行くしかない。俺はどんぶりをお盆に乗せて、零さないようにソロソロと歩く。店内はさほど広くない。半球型のカウンターに、ギュウギュウに詰めて二十人座れるかどうかだ。もちろん、今そのカウンターはギュウギュウの超満員。




