19.
「え、良かった?」
「実は私からお願いしようと思ってたんです!先程ご覧頂いた通り、かわよこ食堂はいつも超満員で、毎日人手不足なんですよ。ヒト平さんは確かに料理はからっきしですが、死んだ人に寄り添える心があります。それは料理が出来るよりも大切で、誰もが真似できることじゃない唯一無二の特技なんですよ」
「特技……?」
「お茶漬けを食べたお客様が、笑顔で退店された――そういう事を特技って言うんですよ」
「!」
どうやらヨミ子さんは、ガンで亡くなった男性と俺が話していた会話を、コッソリと聞いていたらしい。満面の笑みで「願ってもない申し出です!」と俺の手を握ってくれるヨミ子さん。そんな彼女に肝心の俺がついていけなくて、何度も目をパチパチさせてしまう。
「かわよこ食堂は、極楽浄土へ行くためのお客様の心に寄り添う存在です。そうあり続けるためには、あなたのような聞き手が必須なんですよ」
「な、何となくしか分かりませんが、お役に立てそうなら良かった」
「これからよろしくお願いしますね!ヒト平さん!」
俺たちはゲートを抜けて、かわよこ食堂の前へ戻ってくる。すると、既に食券機の前にお客様の行列が出来ていた。
「え!?なんで?さっきお店が終わったばかりじゃ!?」
「ゲートを使うと、体感時間よりも多くの時間が経過するんですよ。コッチの世界では、どうやら一日が経っちゃったみたいですね。さ、働きますよ!ヒト平さん!今日もお客様は超満員です!」
「えぇ……っ!」
裏口からお店に入ったヨミ子さんは、俺に割烹着をポーンと投げて渡す。そう言えば、三途の川の門番と話をしている時に、割烹着を着ているのが恥ずかしくなって、こっそり脱いだんだっけ。ヨミ子さん、いつ回収してくれたんだろう。
ぼんやり考え事をしていると、ヨミ子さんが俺の背中をポンと押す。
「気合いれてくださいね!営業が終了したら、今度こそ靴屋さんに行くんですから!」
「! ハハ、そうだった」
そうして、休みがないまま二日目の仕事に入った俺。「準備中ですので少々お待ちください」と店員らしい事を繰り返しながらお客様の列を通り過ぎ、教えてもらったお店の電気のスイッチを入れる。するとパチッと音がしたと同時に、暗闇を灯す明るい光がつく。
さぁ、かわよこ食堂の開店だ――
「来店されたお客様は、券売機で発券してからカウンターにきてくださいね!」
【完】