18.
「そこにいるの?ひとひらくん」
「!」
目を見開いて、俺の方を見ている真希ちゃん。そんな真希ちゃんは奥手で、俺の事を名前で呼べないまま高校を卒業した。いつも控えめで、大人しくて……
「ひとひらくん!会いたい!いるなら姿を見せて!ひとひらくん!」
「っ!?」
大人しくて、決して人前で泣きわめく姿を見せない人だって……俺は今まで、君の事をそう思っていた。だけど、それは、俺の間違いだった。彼女は彼女なりに成長し、高校の時から止まってなんかいなかった。日々、前へ前へと、進んでいたのだ。
「ひとひらくん!もう一度だけ会いたい!そうしたら、その時は”真くん”って、呼んでもいいかな……っ!?」
「っ!そんなの……いいに決まってる……。呼んでよ、俺の事、名前で呼んで!」
ありがとう、真希ちゃん。その笑顔を見られただけで、俺にはもう、何の後悔もない。
「ヒト平さん、あの方に声は届きません……」
「知ってる。だけど、なんとなく届いてる気がするんだ」
そしてゲートは完璧に閉じた。このまま三歩だけ歩けば、俺は再びかわよこ食堂に戻る。そうしたら思い出ご飯を食べて、三途の川を渡るんだ。
――もう一度だけ会いたい!そうしたら、その時は”真くん”って、呼んでもいいかな……っ!?
「……」
「だけど」と、俺の足が止まる。三途の川を渡ってしまったら、みんなが皆、極楽浄土へ行けるわけじゃないって……何となく分かる。だって極楽浄土へ行く人もいれば、地獄に行く人もいるわけだから。だけど反対を言えば、三途の川を渡るまでは、死んだ人たちが平等に集まる。
「だったら答えは一つしかない、よな?」
俺が独り言を呟いたのを聞いて、ヨミ子さんが振り返る。そして「どうされました?」と首を傾げた。そんな彼女に、俺は最敬礼でお辞儀をする。そして願いを込めて、ヨミ子さんの名前を呼んだ。
「ヨミ子さん、お願いがあるんです」
「お願い?」
「……っ」
俺はもう死んでる。だけど、死んだまま時間を止めておきたくない。俺は今の俺に出来る精一杯のことをやって――いつか寿命を終えてコッチの世界に来るだろう真希ちゃんと、かわよこ食堂で再会したい。そして約束の「真くん」呼びを、今度こそ果たすんだ。
「俺をかわよこ食堂で働かせてください!どんなに安月給でも構いません!」
「えぇ!?」
「掃除もします!料理も覚えていきます!だから、俺が三途の川を渡る、その時まで!」
「ヒト平さん……」
無理だろうか。無茶だったろうか。もしかしたら「何言ってるんですか」と一蹴されるかもしれない。
だけど、そんな俺の不安は、ヨミ子さんの「良かったー!」という一言で解決する。