17.
「あぁ、甘い。けど、少しだけ塩っぱい。絶妙な味のバランスだ」
「ふむふむ」
「真希ちゃん、料理上手だったんだな」
当たり前か。上手だからこそ、ランチは外食じゃなくて、弁当にしてたんだろうし。料理が全くの俺なんかは、弁当を作ろうなんて微塵も思わなかったな。
「ヒト平さん。お弁当が、すっごくすっごく美味しいんですね」
「へ?」
「だって、涙が出てますよ?」
「!」
頬に手をやると、しっとりと肌が濡れている。本当だ、いつの間に泣いていたのか分からなかった。感極まって泣いてしまったのか。
「ハンカチいりますか?」
「いや、いい。けど、ありがとう」
「いえ」
そんなやり取りをしていると、真希ちゃんが急に「いけない、お昼休憩が終わっちゃう」と言って、慌てて片付け始めた。透けるとは分かっていても、俺は咄嗟に身を引く。だけど、真希ちゃんはハッと気づいた。
「あれ?」
一つの卵焼きが、弁当箱から姿を消していることに。
「ネズミ?それとも、カラス?いつの間になくなっちゃったんだろう」
キョロキョロと辺りを見回す真希ちゃん。その仕草が高校の時のままのようで、俺は思わず笑顔がこぼれた。
ねぇ真希ちゃん。君は、今なお高校の時を思い返す事がある?俺と気持ちが繋がっていた、あの目頭が熱くなる青春時代の事を――
「ヒト平さん、そろそろ行きますよ」
「あ、うん……」
真希ちゃんがベンチを立った時。ヨミ子さんが、言いづらそうに俺に声をかける。そっか、もう行かなきゃいけないんだな。
「……最後に、いいかな」
「はい、何でしょう」
「一言だけ、彼女に伝えたいんだ」
真希ちゃん、君が高校の時の面影を残してくれいて嬉しかった。もしも、たまに高校の時を回顧してくれているなら、もっと嬉しい。だけど、君は止まっちゃダメなんだ。真希ちゃんは真希ちゃんの人生を生き続ける。毎日が、君を追いかけて追い越していく。その繰り返しだ。その中で、真希ちゃんは動き続けていないといけない。止まっていては、いけないんだよ。
俺に会いたいって言ってくれてありがとう。死んでもなお、俺を思ってくれてありがとう。その一言で、俺は既に極楽浄土に行った気分になった。これ以上ない冥土の土産だ。だから真希ちゃんも、もう前を向いて進んで欲しい。死んでしまった者は皆、残してきた人に、そんな願いと望みをかけて、かわよこ食堂の暖簾をくぐって、三途の川へと向かうんだ。
だから、きっと届かないだろうけど言わせて。俺が君に届いて欲しいと願いながら紡ぐ言葉は、きっと無駄ではなく、少しの希望を下界に残せるはずだから。
だから真希ちゃん――
「お弁当、ご馳走でした!」
パンと両手を綺麗に合わせた時。俺とヨミ子さんの前に、ゲートが現れる。その口をパックリと開き「戻ってこい」と俺たちを呼んでいる。
「ではヒト平さん」
「うん、ありがとう。行こう」
俺の顔を見て「大丈夫」と悟ったのか。ヨミ子さんはニコッと、いつもと同じ笑みを浮かべた。そしてゲートの中で俺が離れないようにするためか、俺の腕をガシリと掴む。ヨミ子さんが歩く度に俺も足を前に出す。前へ前へと。そしてゲートの口が閉じる――という時。
最後に俺は、真希ちゃんの方へと振り返った。最後の見納めと、それだけの事を思って。
だけど、次に俺の目に写ったのは、信じられない光景だった。