14.
約束。
その言葉を聞いた俺は、操り人形みたいに、急に歩く方向を変えて走り出した。後ろでヨミ子さんが「ヒト平さん!?」と叫んでいるが、その声も暫くすると、2人の距離が遠くなったのか聞こえなくなった。白装束だと走りにくい。いつの間にか俺は、両足を白装束から出して一生懸命に走っていた。向かう先は、分からない。足だけが、目的地を知っていた。
「はぁ、はぁ。やっと、止まった……」
今が高校生の俺で良かった。二十八歳の俺なら、確実に膝が笑っていたと思う。息切れはするものの、全速力の後、平常に立っていられるのは有難かった。
「でも、なんで俺はここに……」
着いた先は、公園。大きくもなく小さくもない広さだ。散歩やジョギングで疲れた人が、少しの間だけ休憩するためだけのベンチと、少数の遊具だけが置いてある。
「待てよ、ここ。どこかで……」
膝から両手を離して、背中を伸ばす。一歩、また一歩と公園の中に入り、辺りを見渡した。今は平日なのか、あちこちで、スーツを着た会社員が、コンビニで買っただろうおにぎりを食べている。その中に一人、スーツを着た女性の姿があった。
ズキン
「痛っ!」
その女性を見た瞬間、頭が割れるように痛くなる。あまりにも耐え難い頭痛に、俺はその場にしゃがみこむ。俺の体は他人から見えないだけじゃなく、透けて触れる事が出来ないらしい。そのため、公園の出入口を塞ぐ俺が邪魔になる事はなく、誰もが俺をすり抜けて自由に出入していた。
「痛、痛い……!」
そう考えている間も、頭痛の痛みは激しさを増していく。俺は何とか頭痛を和らげようと、両手で頭を左右から挟んだ。といっても、何の変化もなかったけれど。
「あの女性を見てから、だよな……」
もしや、もう一度女性を見れば、頭痛に何か変化があるのでは?と予想して、もう一度、女性に目を向ける。その人は、小さなベンチの一番端っこに座っていた。髪は黒くて短い、スカートは膝丈。化粧も自然なものだ。それほど目立つタイプの女性ではない。だけど俺の頭は、嫌という程反応している。
「もう少し、近くに寄ってみるか……」
終わらない頭痛に倒れそうになりながら、俺は女性の元へ向かう。フラフラと、ジグザグ走行するみたいに、時間をかけて移動をした。
「やっと、ついた……っ」
女性はお弁当箱を膝の上に置いていた。とても小さなお弁当箱だ。小さなお弁当には、少しのおかずしか入らない。それくらいのスペースしかない。それなのに、女性はおかずを残していた。ミニトマト一つ分の隙間があるだけだから、ほぼ食べてないと言っていい。
「お腹が空いてないのか……」
今だ痛む頭を押さえながら、女性に近寄る。立つよりも座る方が楽だと思い、聞こえないと分かっていながらも「失礼します」と言って、女性の隣に腰掛けた。