13.
「……あれ?なんだっけ、思い出せない」
「ヒト平さん?どうかしましたか?」
「え、いや……何でもない」
急にオロオロした俺を見て、ヨミ子さんは不思議がっていた。だけど俺の「大丈夫」を聞くと安心したように、再び足を前に進める。
「そうそう、大事な事を言い忘れていました。下界では、私の傍を離れないでくださいね?私から離れると、死者は迷子になるんですよ。だから、置き去りにするしかないんです。そうなると、死者は永遠に成仏できずに悪霊になっちゃいますからね」
「わ、分かった」
「ん、怯えた良い顔をしていますね。肝に銘じてくだされば、良いんです。ヒト平さんを悪霊にはしたくありませんから」
「ヨミ子さん……」
カランと下駄を鳴らしたヨミ子さんは「ふふ」と笑って、隣にいる俺を見上げた。ヨミ子さんは下駄を履いても俺よりかなり小さくて、いかにも「守ってあげたくなる」雰囲気だ。そんなヨミ子さんを、素直に「可愛いな」と思う。だけど、その時。
――ひとひらくん
「!」
また、あの声が聞こえた。二度目の声を聞いて分かったのは、声の主は若い女の子ということ。静かな、だけど澄んだ女の子の声。その声が、俺の名前を呼んでいる。優しい響きだ。落ち着きさえするトーンだ。だけど俺にいたっては、全くその声に聞き覚えがなかった。何度頭の中で記憶を呼び起こしても、何も思い出せない。この声は、一体誰なんだ?
「あの、ヨミ子さん。誰かの声が、聞こえてるか?」
「声?声なら、周りにいる人の声が、」
「そうじゃなくて。なんか、こう……特別な声みたいな」
「!」
俺の話を聞いたヨミ子さんは、驚いた顔をして「まさか」と言った。ヨミ子さんが何に驚いていて、何が「まさか」なのか分からない俺。すがるようにヨミ子さんを見つめ、答えを求めた。
「この声は何?誰だ?」
「ヒト平さん、落ち着いて聞いてくださいね」
いつになく真面目な顔のヨミ子さんを見て、思わず緊張が走る。一体これから、何を言われるんだろうかと。バクバクと、体を揺らすぐらい、心臓が激しく俺を打つ。そんな中、ヨミ子さんが、ゆっくりと口を開けた――その瞬間。また、あの声が聞こえる。
――ひとひらくん。約束ね
「!」