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12.

 ゲートはドアみたいなもので、ドアをくぐったら、一瞬だけ暗闇を歩く。だけど三歩歩く頃には、もう別の世界にいた。別の世界――といっても、よく見知った世界。その世界にあるのは、就職していた会社。そして、よく通っていたボロい定食屋。それらは俺が最後に目にした時から、何も変わっていなかった。何も変わらずに、それらはずっと、そこにあった。唯一変わった事と言えば、この世界から俺がいなくなった事。


「懐かしいな……」

「そうでしょうねぇ」


 かわよこ食堂にいた時間は夜だったから、今、天高く昇っている太陽がまぶしい。目を細めて、街の様子を眺める。俺とヨミ子さんの姿は、この世界――下界では見えないらしい。だから俺が白装束のままでも、ヨミ子さんが和服姿に割烹着のままでも、誰の目にもとまる事がなかった。それが少し寂しい、なんて思ったのは、さっき男性と話して、しんみりしたからだろうか。


「では、ヒト平さんに起こる時間のズレの原因を探しましょう!」

「原因を探しがてら、時間のズレについて、もう少し詳しく聞いてもいいかな?」

「もちろんですよ」


 ヨミ子さんは「とりあえずヒト平さんがよく通っていたという定食屋さんに行きましょうか」と足を進めた。ここまでの道中で「よく通ったご飯やさんはありますか?」とヨミ子さんに言われた。その答えが「古びた定食屋」だった。


「時間のズレを起こす死者の方は、稀にいるんですよ」

「俺だけじゃないんだ、良かった。でも、どうして時間のズレが起こるんだ?」


 首を傾げた俺を振り返って、ヨミ子さんは笑った。「簡単ですよ」の言葉と共に。


「時間のズレを起こす人は、思い出ご飯がないんです」

「え、思い出ご飯がない?」

「はい。私はさっき”時間のズレが起きている原因を探しに行く”と言いましたが、正しい言い方をすると、”思い出ご飯を探しに行く”です」


 なるほど。じゃあ俺たちは今、俺の思い出ご飯を探しに行っているのか。だから最初に定食屋を目指したんだな。

 だけど、納得いかない事がある。


「思い出ご飯がない、ってのは、俺が単に思い出ご飯を忘れてるって事?それとも、生前、思い出となるご飯がなかったって事?俺は色んな場所で色んなご飯を食べて来たから、そこそこ思い出があると思うんだけど……」

「なるほど。じゃあ、ヒト平さんが忘れてるだけの可能性が高いですね」


 ふむふむ、と頷きながら、ヨミ子さんは定食屋を目指す。


「ヒト平さんのおっしゃるように、大半の方は、思い出ご飯を忘れてるだけなんですよ。だから、こうやって記憶を辿って歩くだけで、案外すぐに見つかるものです」

「へぇ。何かもっと大がかりな事をするのかと思ってた」

「私に出来る事は限られていますからね。こうやって一緒に記憶を探すだけなら、ご一緒出来ます。ヒト平さんの思い出ご飯、早く見つけてあげましょうね」


 ニコッと笑われると、胸にくるものがある。さっきまで忙しなく料理をしていた食堂の店主が、仕事終わりに得にもならない「俺の思い出ご飯探し」に付き合ってくれるんだから。すっごく疲れてるだろうに。ヨミ子さん、お人よしなんだな。


「あまりヨミ子さんの迷惑にならないよう、すぐ見つけたいな」

「靴屋に行く約束もしてますしね」

「うん、そうそう」


 笑い合う俺たちは、普通の服を着ていればカップルに見えるかもしれない。といっても、他の人に見えていれば、の話だけど。

 話は変わるけど、ヨミ子さんって何歳なんだろう。見た目はすごく若いけどな。っていうか、ヨミ子さんって人間?

 まぁ、後で聞けばいいか――と、少し現を抜かしていた俺。そんな俺に揺さぶりをかけるように、突然、頭の中に声が響いた。


 ――ひとひらくん


「!!」


 唐突に聞こえた声に驚く。だけど、それ以上に、胸がザワザワして仕方がない。

 だって、この声は、この声は――!

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