3. 幕開け
お読みいただきありがとうございます。
こちらはシステム上連載ですが、全体で12000字ほどの短めのお話ですです。ご興味あられましたら是非とも1話からお読みください。
それではどうぞ。
あれから半月が経ち、ついに祭りの日となった。リクィアはラステリカの部屋で勇者の服を着合わせていた。
「うん、装備もばっちり。どう見ても勇者だね」
「ま、俺は偽物だけどな」
久しぶりの装備に少し興奮する。もちろん、昔着ていた魔法使い装備とはまるで異なる勇者装備だが。
あの頃は、この装備に旅路の荷物を持った状態で一日中馬に揺られた日もあった。彼女はこんなに重いものを背負っていたのかと考えると、今の彼女の姿も納得できるものがある。
「にしても勇者の装備って何もかも重いんだな」
「え、そんな重くなくない?」
「ナチュラルハイスペック!?」
相変わらずラステリカの真の勇者っぷりに惚れ惚れしてしまう。
そして同時に、彼女がもう勇者をしないことに少しのさみしさも覚えつつ。
「よし、勇者になったことですし、俺はそろそろ行ってくるよ」
疲れた彼女に変わって今日だけは勇者として振舞おう。リクィアは今日もそう決意して部屋を背にする。
「うん、いってら――――!? まって!」
そして部屋を出た瞬間だった。ラステリカはほんの少し、遠くで蝶が舞うか舞わないかほどの些細な違和感を察知して思わず大きな声を上げた。
「ん?」
「気を付けて。なんだか今日は風向きがおかしい」
「……気のせいだろ、さすがに」
普段ならラステリカの言葉を聞かないことはなかった。しかし、今のリクィアは余裕がなかった。
だからだろうか。窓もないこの部屋の中で、そんなことわかるはずがないという常識的な発想のもと、彼女の言葉を流してしまった。
「うん、ごめん、そうだよね。いってらっしゃい」
彼女の手が震えているように見えたが、時間的な余裕がないこともあり、リクィアは何もせずに家を出た。
――――――――
「おお、勇者様だ。今日はまた一段とかっこいい」
「ゆうしゃさまー、てーふってー」
「ひゅー、さすが勇者様、これは確かに魔王とあれど敵じゃねぇなぁ!」
「はははーどうもどうもー」
大勢の前に立ち、皆から様々な声をかけられて少し気分が高揚してしまう。俺は勇者ではなくて、かっこよくもないのに。
「それではお待ちかね、勇者様からありがたいお言葉です」
まあ、皆がそれを望むのなら。彼女がそう望むのなら。俺は勇者を演じようと思う。
リクィアはそう言って、今は自分の思いすら騙しこむことに決めた。息を大きく吸って、しばらくの静寂を待つ。
そうして少し静かになったタイミングで大声をあげた。ちゃんと遠くまで届くように、太く大きな声で。
「本日は集まってくれて、ありがとう」
出だしは順調だった。もう一度息を大きく吸い、次の文章を話そうとして――
「俺こそが――!!?」
違和感を感じた。なんだ、この空気。
なんだ、この風向きは。
俺の次の言葉がなかなか出ずに、周囲がざわつきだすがそれどころではない。何かがおかしい。
俺は風を頼りに後方の空を見た。やはり、雲一つない快晴で、そこには……近づいてくる何かがあった。
『アイスレンズ』
魔法で簡易的な望遠鏡を作り、その黒点をみつめる。
その黒点は、口から火を噴いていた。その物体はかたい地面をえぐれるほどの鋭い爪をもち、人を丸のみにできるほどの口を持ち、何もかもかみ砕く牙を持っていた。
その生物は生物とは思えないほどの巨体を持ち、そしてふざけた大きさの羽によって空を飛んでいた。
違う。明確な意思を持ってそのドラゴンはこちらに向かって飛んできていた。
「ドラゴンが来る!! みんなここから逃げろ!!!!」
自分の失態をひどく悔みつつ、観客に向かって大声で叫ぶ。
ラステリカは何も間違っていなかったのだ! そもそもあいつの直感が外れたことなんてなかったのに、今日に限ってどうして信用しなかった!
「落ち着け! まだドラゴンはすぐには来ない!」
まず最優先は人命だ。落ち着いた非難を促進しつつ、要配慮者を瞬時に判断する。
そして並列的にドラゴンを対処する方法を模索する。
魔法道具は近くにあるか? 無い。でも勇者の装備があるじゃないか? 残念、俺にはこれは使いこなせない。
付近に協力者は? いない。ガードマンを勤める兵士を含め、ここにいる人間はすべて俺に比べて圧倒的に弱く邪魔になるだけだ。
じゃあ、遠くに協力者は?
だめだ、彼女を戦わせるわけにはいかない。
かといって現状の俺の戦闘力は? 論外だ。そもそも現役時代のフル装備でもドラゴンを一人で倒すことは厳しかっただろう。彼女がいないとドラゴンなんて勝てないのだ。
じゃあ、どうやって俺はあいつと戦えばいい。どうすればいい? ……答えはない、強いて言うなら、どうしようもない。
でも戦うしかない。彼女が心を壊してまで守ったこの町のみんなを俺一人で守り抜くしかない。
俺は決死の覚悟でドラゴンと対峙することにした。
――――――――
ドラゴンに気づいてから二十秒経過。端のほうにいた人間は少し離れられたらしい。ドラゴンのシルエットが目視できるようになる。
三十秒経過。走って逃げられる人間はあらかた逃げ切る。ドラゴンはすぐそこにいる。
三十二秒経過。逃げられていない十三人の人間を魔法で遠く追いやる。
コンマ一秒経過、ドラゴンが魔法防御壁に接触する。二秒は耐えてほしいと祈願する。
直後、鉤爪によって何重にも張られた俺の防御壁が破られるのを目視で確認。予想は良くない方向に大きく外れたが一喜一憂している暇はない。
さぁ、戦闘開始だ。
次話投稿も多分本日中かと。