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2. 男は世間的には勇者である

お読みいただきありがとうございます。

こちらはシステム上連載ですが、全体で12000字ほどの短めのお話ですです。ご興味あられましたら是非とも1話からお読みください。


それではどうぞ。





「うーん、あいつラム酒好きだったよなー。あのくそ甘ったるいやつ。買っていくか」


 偉い人と会食をした帰り道にて。リクィアはいつものように今日の晩御飯の買い物に来ていた。

 決して2度目の晩御飯を食べようとしているわけではない。


 リクィアは朝から何も食べていないであろう一人の女の子の晩御飯を物色しているのだった。


「あ! 勇者様じゃねえか!」


 後ろから声がしてリクィアは振り向いた。ケバブ屋の屋台のおやじの声だ。


「勇者様《あんた》のおかげでこの町もすっかり元気なもんだ」


 かつてこの町は魔王の手によって弱っていたが、今は勇者のおかげで随分と良くなったらしい。


「どうだ、俺と一杯ビールでも」

「すまん、今日も少し忙しくてな。でもせっかくだし二つほどお土産を頂こう」

「ちぇ、せっかく役人の愚痴を聞いてもらおうと思ったのによー」

「作っている間くらいは聞いてやるから」


 待ち人がいる手前、酒場でご飯をたべる気はなかったが、いくつかお土産を買っていくことにした。


 愚痴を聞きながら待つこと数分。お礼を言って受け取り、そして小走りで彼女の家に向かいベルを鳴らした。


「……」

「まあ、出ないわな。お邪魔しまーす」


 無断、というより独断で彼女の家にお邪魔する。鏡一つない玄関を抜けて、女の子の家にしてはいやにシンプルな内装の廊下を歩き、リクィアしか使わないいくつかの部屋を通り過ぎて。


 その奥に彼女の部屋はあった。


「きたぞー」

「あ、リーリ! 今日も来てくれてうれしい。お腹すいた。死にたい」

「待て待て早まるな飯ならここにある」


 いつも通りベッドと壁の狭い隙間から彼女が顔を出す。朝と一寸たりとも場所が変わっていない気がするが、まあそんな日もあるだろう。


 彼女の名前はラステリカ。栄養不足のせいか幼くみえるが、酒が飲める程度の年齢の女の子。

 彼女について特筆すべき点は腐るほどあるが、まあ一言でまとめるならば――


 そう、このか弱く見える少女こそ、かつてこの世界を救った勇者である。


「くんくん……この匂いはケバブだね! あとラム酒もある!」

「ケバブはともかく、なんで瓶に入ったラム酒がわかるんだよ」

「私の気持ち悪いほどすぐれた五感は、どんなに心で拒絶しようともいつも脳に刺激を送るんだ。だからわかる」

「すばらしい才能だな」

「気持ち悪い才能だよ」


 こんな華奢な少女が一線で戦っていたのだから、見た目というものは人を判断する何の参考にもならない。


「こっちが私のだね。いただきます!」

「はいどうぞ。ところで豆ケバブってうまいのか?」

「うん、悪くないよ」

「それはよかった。さっき魔法で温めなおしたからいいかんじだろ」

「どうりでおいしいと思った。さすがは魔法使い」

「お前のほうが魔法も上手だけどな」


 リクィアは魔法使いとして彼女とともに旅をしていた。彼女が勇者だといわれ、始めは困惑したものの、その実力を前に目を点にしたものである。


 そんな超人じみたラステリカだが、もう今となっては魔法も使えないらしい。


 必要ないから、とか、魔王にやられた、とかそういうわけではない。


「それもそうだけど、もう私、壊れちゃったから」


 と以前彼女は言っていた。


 彼女は、魔王を倒して帰ってきたあの日から一歩も外に出られなくなった。

 幸い体にはなんら異常はないらしい。要するに彼女のちょっとした心の問題だろう。


 そして今は魔王討伐の報酬金として受け取った資金をもとに、リクィアに助けられながら生活しているのだった。


「ところで今日はどうして遅かったの?」

「村長との話が長引いちまってな」

「ということは……あ、祭りで演説とかさせられるってことだね!」

「ピンポイントで当ててきやがった」

「すごーいめんどくさいって顔に書いてたから、ざっとそのあたりかと」

「さすが長年一緒にいるだけのことはある」


 ちなみに、勇者が一切顔を出さないのは世間としてどうなのか、という問いに関しては、それはまったくもって心配ない、と言わざるを得ない。


 もとより、世間ではそんな心配は生まれない。


「ねぇリーリ、いつも私のせいでごめんね」

「ん? なにが?」


 今日村長に呼ばれた理由も、祭りで演説する理由も、どれもこれも同じ。単純で明快な理由があるからだ。


「リーリに勇者として振舞わせてしまって」


 そう、世間にはリクィアが勇者だと認知されているからである。


 勇者パーティとして町を出たあの日から、誰もそこにいた女の子こそが勇者とは思っていなかった。

 今だって世間は、勇者は町に頻繁に顔を出していると信じて疑わない。


「まあ気にすんな。案外楽しくやってる」


 彼女が外に出られない今、リクィアにとってそれ以上都合のいい誤認はないので、訂正することなく今まで暮らしてきた。


「話を戻すぞ。村長から依頼があった。勇者として、あの旅に関して演説をしてくれ、とのことだ」

「そっか。ごめんね、そんなこともさせてしまって」

「やるのはいいんだ。俺としても楽しいからな。ただひとつ相談があってな」

「うん、何でも聞くよ。なんにもできないけど」

「せっかくだし、お前が原稿をかいてくれないか?」


 その瞬間、ラステリカは露骨に嫌悪感を顔に出す。

 当然だ。彼女はそのようなことを考えるのが苦手で、思い出話をするのも苦手で、それにそもそも彼女はろくな教育を受けていないから文字が書けない。


「まあそっか。いや、でもさ」


 しかしリクィアとしては、彼女こそが勇者だったのだ。だから、勇者の旅について語るとき、彼女の言葉を通さないことは考えられなかった。


 いろいろと話し合い、結果として二人で協力して作るというところに落ち着いた。


「じゃあ、また明日」

「うん、頑張る」


 こうして、原稿を作り、リクィアが練習する日々が始まった。

次の投稿も本日中

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