そのラジオからは逃げられない
※こちらの作品は、「夏のホラー2022」の為に作ったお話です。
ホラーは好きなジャンルでしたが、ラジオというテーマが少し大変でした。
楽しんで頂けると幸いです。
「うーん、疲れたー!」
季節は夏。
夏の夜に鳴り響く、虫達の歌声。
そんな虫達の合唱にも負けず、大学受験の勉強をしていた私は、これで終わりにしようと思っていた問題をやっと解き終えた。
「うーん、しょ……」
凝り固まった筋肉を伸ばす為に、一度両腕を上に伸ばした。
ツーンと伸びる筋肉が心地良い。
上に伸ばし切った腕を、私はそのままダランと下にぶら下げた。
それと同時にデジタル時計を見てみた。
デジタル時計には19:58と表示されていた。
「いけない!もうこんな時間!」
私には密かな楽しみがあった。
それは20時から始まるラジオである。
この時間でしか楽しむ事が出来ない、至福のひとときなのである。
私は慌ててスマホに電源を入れ、ラジオのアプリを立ち上げた。
そして、イヤホンを挿し、耳に装着して準備完了。
10秒程のCMの後、楽しみにしていたラジオが始まった。
『今江 照臣のその話、ぶっちゃけて話しちゃえよ!』
ラジオのタイトルがコールされ、軽快な音楽が流れ出す。
私は机の上に散乱していた勉強道具を手でどかし、両手で頬杖を突きながら聴く事にした。
『皆さん、こんばんは〜!ラジオパーソナリティの今江です』
一人の男性が軽薄そうに、騒々しく自己紹介をする。
普通の人なら煩わしく思うかもしれないが、私はこの何とも言えない五月蝿さが好きだったりするのだ。
『このラジオは毎回生放送でお送りし、テーマに沿った話をゲストの人と一緒に話していくラジオだ!さて、トークテーマに行く前に、皆んな聞いてくれよ〜、最近さーーー』
男性は本題に入る前に、自分の近況報告を語りだした。
男性の喋り方は一癖も二癖もあるのだが、私は話を聴きながら偶にクスクス笑ったり、「あー、なるほど」と感心したりしていた。
心が引き込まれる、そんな話し方なのだ。
暫く間、男性の話は続いていたが、5分程経った時に男性は自分の話を止めた。
『よし、俺のトークはここで終わりにさせてもらうぜ!ここからはトークテーマだ!今週のトークテーマは〜!』
男性が一度話すの中断すると、急におどろおどろしい音楽と効果音が鳴り出した。
『夏のホラー特集〜。本当にあった怖い話〜』
音楽と効果音と共に、男性もおどろおどろしく喋り出した。
そうだった、今週のテーマはホラーだ。
『怖い話ね〜。俺よく「怖いのとか平気そう」、て言われるんだけど、実は怖がりなんだよね〜。あ、そうそう、怖い話と言えばなんだけどさーーー』
男性はまた自分語りを始めてしまった。
うーん、どうしよう……。
実は私もホラーはあまり得意ではないのだ。
私は頭の中で聴くか聴かないか迷っていた。
しかし、男性はそんな私の葛藤なんかお構い無しに話を続けた。
『おっと、また色々話しちゃったな。ゲストさんを呼ばないと。今週のゲストさん、いらっしゃ〜い!』
男性は自分語りの時と同じ声のボリュームで、今週のゲストを呼んだ。
呼ばれた人は小さく『…失礼します』と一言だけ言った。
声は加工されており、男性であるか女性であるか判別出来なかった。
『あれ?もしかして緊張してるのかい?一回、深呼吸してみようか』
男性はゲストに気を遣い、一度深呼吸をする様に促した。
その時、何故か私も深呼吸をしていた。
『大丈夫かな?』
『はい、大丈夫…です』
私も未だに聞こうか聞かないか迷っていたが、今の深呼吸で今週も聞こうと決心した。
『よし!それじゃあ、ぶっちゃけトークをしていこうか!えーっと、なになに……?お名前はアルファベットで「Kさん 」で合ってるかな?』
『……はい』
『歳はなんと18歳で、東京の大学に通っている!いや〜、若いって良いなー!』
『……』
どうやらゲストは私よりも一個年上である。
こういう歳が近かったり、何かしらの共通点が見つかると、急に親近感が湧いてくるよね。
『それで、怖い話って事なんだけど、Kさんがいつの時に体験したの?』
『…私が18の頃、高校3年の時の話です』
てことは、約一年前のお話か。
『あ、あの…!これからお話する事なんですが、私自身が体験したお話じゃないんです』
『ふむふむ、てことはKさんの身内や友人に起きた怖い話なんだね?』
『……はい』
なんだ、自分の身に起きた話じゃなくて、他人が体験したお話か。
私は少し興醒めしてしまった。
『怖い体験をした人は家族の人?それとも、他の人?』
『私の友人です』
『という事は、Kさんと同い年の子なんだね』
『はい、そうです』
『この話はその子から聞いたの?』
「いえ、友人の母親です』
どうやら男性は慎重に質問をしている様だ。
暫く、ラジオらしからぬ無音が続いていた。
ラジオブース内の緊張が、なんとなく私にも伝わって来た様な気がした。
『その子にどんな事が起こったか、話してくれるかい?』
『はい……。あれは今日みたいに、蒸し暑い夏の日だったんです。私も友人も模擬試験の為に、ずっと勉強をしていたんです』
この時期の受験生は皆んな忙しい。
現に私もそうである。
『それは学校で勉強をしてたのかな?』
『いいえ、それぞれの家で勉強をしていました』
『じゃあ、夜のお話なのかな?』
「はい……』
またしても、ラジオから何も聞こえなくなった。
なんだか今日のラジオはハラハラする。
なんとなく胸騒ぎを覚えた。
『続き……話してくれるかい?』
男性は極めて冷静に、ゲストに向かって優しく催促した。
『は、はい。
友人の母親から聞いた話では、20時15分頃に「夕飯の支度が出来た」と伝えたらしいです。
勿論、友人から返事が返ってきたのですが、なかなか降りて来なかったみたいです』
うーん、この時間に夕飯ね。
なかなかに微妙な時間帯である。
『その子は勉強をしていて、なかなか降りて来なかったんじゃないの?』
『いえ、友人はその時間だけは、必ず勉強を中断するようにしていました』
なるほど、勉強をしたい気持ちはあるが、根を詰め過ぎない為に中断をしているのかな?
夕飯が遅い理由は、そう言う事なのかもしれない。
私が考察していると、階下から私の母親の声が聞こえてきた。
「美波ー!夕食の支度が出来たわよ!」
「分かった!もうちょっとだけ待ってて!」
私が返事をした時、さっきまでしていた胸騒ぎが更に大きくなった。
『うーん、まだあまり怖くないね〜』
いや、私はなんとなく怖いよ。
『まぁ、良いや。続きを聞かせて』
『はい…。
母親が夕飯の事を伝えてから5.6分経った頃、友人の部屋から大きな音が聞こえたみたいです。
初めはただ物を落としただけだと思ったのですが、後から大きい音が暫く鳴っていたと言ってました』
『大きな音……?それは不思議だね〜』
これは……一体、どういう事なんだろう。
今までの話はある程度、予測する事が出来た。
しかし、ここの部分は情報が少ない為、何が起こっているのか分からない。
例えるならば、文章に主語が無いのと同じ事である。
全く分からない。
『さすがに不審に思った母親は、友人の部屋に入ったんです。そしたら……そし、たら……』
ゲストは突然泣き始めた。
最初は啜り泣く程度であったが、次第にそれは大きくなり、最終的には咽び泣く程大きくなった。
『大丈夫、大丈夫だよ。一度、大きく深呼吸をしよう』
男性はゲストを落ち着かせる為に、一緒に深呼吸をした。
ゲストも男性に倣い、大きく深呼吸をする。
その甲斐もあったのか、ゲストは徐々に落ち着きを取り戻した。
『もう大丈夫かい?』
『はい…大丈夫です。すみません』
『ううん、謝らないで。Kさんの話せるタイミングで良いよ』
流石はラジオパーソナリティ。
どんな時でも焦らず、そして、ゲストに対する扱いが上手だと思った。
ゲストはもう一度、深呼吸をしてから続きを話した。
『……友人の部屋は、本や物が辺り一面に落ちていたんです。そして、部屋の中心には…座りながら上を向いている、友人が居たみたいです』
『散らかってる部屋の中心に友人が……なんとも不気味な状況だね』
私はこの話がよく分からなくなってしまった。
どうして大きな音が鳴ったのか。
どうして部屋が散らかっているのか。
どうして友人が部屋の中心に正座していたのか。
そう……根本的な部分が全くと言っていい程、語られていないのだ。
私の中で、何故かこの話をもっと知りたいという、欲求が強くなり始めていた。
『それで……その子はどうなったんだい?』
男性はゲストに恐る恐る尋ねた。
すると、ゲストは一度鼻を啜った。
……どうやら、あまり良い最後にはならなかった様子である。
『……友人は今……精神病棟で治療を受けています』
『……そうなんだ』
ラジオブース内に再び重い沈黙が流れた。
これを聴いている人全員、今は何も言えない状況に陥っているに違いない。
かく言う私も口が開かなかった。
しかし、この沈黙を破ったのはラジオパーソナリティである男性であった。
『Kさんは今でもその子に会いに行ってるの?』
『はい……ただ、全く会話は出来てないです』
『どうしてだい?』
『ずっと……「誰かに見られてる、監視されてる」としか言わないんです』
誰かに見られている、監視されてる?
やっぱり意味が分からない。
ただ見られているだけで、人がここまで精神に異常をきたすとは到底思えない。
一体、何があったんだろう……。
そんなこんなで私が混乱している中、ラジオから男性の物とも、ダミ声の物でも無い、全く違う声が聞こえて来た。
そして、その声は私がよく知っている声であった。
『ミナミちゃん……』
「ーーー!?」
私は思わず椅子から立ち上がっていた。
その声の正体は、私の大親友である「夏菜子」の声であった。
どうやら、今このラジオにゲストとして出ている人物は、夏菜子である。
「どう……して……?」
私は混乱した。
何故、夏菜子がこのラジオに出ているのか。
何故、このラジオが未来の話をしているのか。
何故、私が精神病棟で治療を受けているのか。
何一つ、理解出来なかった。
いや、脳が理解する事を拒んでいる。
ガコッ!
私が一人で混乱している最中、後方で何か大きな音が鳴った。
驚きながらも私は後ろを振り返る。
そこには何の変哲も無い、ただ一冊の本が落ちていただけだった。
私はラジオが流れているスマホを片手に持ち、恐る恐る本に近づいた。
本に手を伸ばし、触れ、そして持ち上げた。
……特に何も起きなかった。
しかし、イヤホンから流れる夏菜子の啜り泣く声で、一つ思い出した事があった。
『初めはただ物を落としただけだと思ったのですが、後から大きい音が暫く鳴っていた』
急に酷い寒気がしてきた。
額と背中に嫌な汗が伝う。
もしかしたら、この一冊の本が全ての前兆なのかもしれない。
そう思った時、電気を点けていなかったシーリングライトがチカチカと点滅し始めた。
それと同時に、普通ではあり得ない現象が次々に起き始めた。
ドンドンドンドンッ!
本棚にしまっていた本が、勢いよく次々と飛び出して来たのだ。
私は飛び出して来た本を間一髪避け、後ろに退いた。
本に当たらなくて良かったと、私は一瞬だけ安堵した。
しかし、不思議な現象は本棚だけではなかった。
急にタンスやクローゼットから服が飛び出て来たり、開けていたカーテンがシャーっと音を立てて閉まったりした。
他にも物が倒れたり壊れたりする中、私は部屋の中心でへたり込んでしまった。
何も出来ず、ただひたすらに静観するのみであった。
イヤホンからは、まだ啜り泣く夏菜子の声が聞こえた。
不意に頭の中である言葉がフラッシュバックする。
『部屋の中心には…座りながら上を向いている、友人が居たみたいです』
私はハッと気づいたが、時既に遅し。
知らず知らずの内に、私は天井を見ていたのだ。
……いや、正確にはシーリングライトである。
しかし、そのシーリングライトは私が知っている物では無かった。
そこには禍々しく、邪悪で大きな目玉がギロリと私を見ていた。
そうか……だから精神がおかしくなった私が、「誰かに見られてる、監視されてる」なんて言っていたのか。
「あ……あっ……」
私は今すぐにでも叫びたかったが、恐怖で口が上手く開かなかった。
次第に視界はボヤけ、耳に入る音もだんだんと小さくなり始めていた。
誰かが私の名前を呼んでいたが、もうどうでも良い。
そして、最後に私は悟ったのだ。
『そのラジオからは逃げられない』
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『いや〜、今週のトークテーマはなかなかだったね。
皆んなもエアコンや扇風機が要らない位、ひんやり出来たかな?
さて、来週のトークテーマは「この夏行きたい場所」!
どんどん送ってくれよ!
ここまでのお相手は、今江 照臣でした!
来週もちゃんと聴いてくれよ!
それじゃ、See You Again!』
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
※アナグラム
「今江 照臣[いまえ てるおみ]」→「おまえ みている」→「お前 見ている」