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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

俺たちゃ第7護衛隊群! ~無人艦隊太平洋パトロール日誌~

……………………


 青々と晴れた太平洋の空。


 雲ひとつない、どこまでも晴れ渡った太平洋はその名の通り太平であった。


 その広く、広く、とても広い太平洋を5隻の水上艦が航行していた。


 特徴的なレーダーを有するミサイル駆逐艦が2隻とそれに付き従う汎用駆逐艦が2隻。そしてそれらが輪形陣を構成して守る軽空母が1隻。軽空母の甲板では無人戦闘機が駐機している。人の姿は甲板に見られない。


「なあ、知ってるか? 昔──海上自衛隊時代には、F作業っていうものがあって、海で暇な間に魚を釣ってたんだぜ」


 そのミサイル駆逐艦のヘリ甲板で黒髪を長く伸ばし、赤い瞳をした快活そうな少女がそう告げた。彼女はヘリ甲板に寝っ転がり、そのルビーのように赤い瞳で、青い太平洋の空を見つめている。


 年齢は15、16歳ほど。日本海軍の第二種軍装を纏っている。階級章は中佐。


『ええー? 釣った魚を食べるの? 野生の? 本当に? どんな汚染物質が含まれているのかも分からないのにー?』


 インカムからのんびりとした声が、その少女の声に返事を返してくる。


「昔は海は綺麗だったんだよ」


『どれくらい昔? 江戸時代?』


「馬鹿。2030年までは商業漁業は合法だったんだぞ。つい30年前までだ。それから海洋汚染の深刻化と海洋資源の大幅な激減が起きて、人は天然の魚が食えなくなった。今の完全独立管理型養殖の採算が取れるようになるまで、庶民は魚が食えなかったんだよ」


『“ふるたか”ちゃん、物知りー。ネット検索したの?』


「“ちくま”のアホ。本の知識だよ。『海洋資源と人間の歴史』って本。トータルリライアビリティ95%で、リーダーレビューは91点だ。暇つぶしに読むにはいい本だったぞ」


『退屈だもんね、このお仕事』


「そうだな」


 むくりと“ふるたか”と呼ばれた少女が上半身を起こす。


「今度はお前が何か話振れよ、“ちくま”」


『私は何にも面白い話とか持ってないよ』


「いいから。何かあるだろ? この間、サンディエゴに寄港したときとか」


『一緒に寄港したのに別の話題があるわけないじゃん。無理言わないでー』


「つまんねーの!」


 “ふるたか”はうんと伸びをするとようやく立ち上がった。


「本日天気晴朗にして波低し」


 見渡す限りの海は穏やかで、巨大なミサイル駆逐艦は全く揺れることがない。


「たいっくつ! 何か面白い話しろ、“ちくま”! さもないと絶交するぞ!」


『ええー!? そんなー!? ええっとね、それじゃあサンディエゴに寄港したときだけど、アメリカ海軍の人工妖精さんと会ったんだよ。そしてね、アメリカ海軍はあのミズーリに人工妖精を搭載して、再び現役復帰させようとしてるって言ってた!』


「ミズーリって。石器時代の艦艇じゃねーか。人工妖精搭載してもフルオートメイテッドするのは無理だろ。改装する費用で別の艦艇を新造した方が安いぞ」


『でも、うちだって大和が残ってたら同じことしたと思わない?』


「思わない。うちは馬鹿じゃない。アメリカ海軍もだ。きっとそれ、その人工妖精に騙されたんだと思うぞ。向こうはジョークのつもりで言ったのかもしれないけど」


『ジョークかな。今、艦艇の防空能力って高まる一方でしょ? だから、超音速で電子励起弾頭の対艦ミサイルなんか開発されているわけで。それだったら艦砲を電磁投射砲化して、敵に誘導砲弾を叩き込むのもありじゃない?』


「一発食らえばお陀仏のご時世にデッドウェイトにしかならない重装甲を抱えた戦艦なんてものがいるかよ。連中のミズーリだって俺様たちの対艦ミサイル食らったら一発で轟沈するぞ」


『そこはほら、大型の艦体を活かした大規模発電による電磁バリアとレーザー迎撃網でどうにかしてー』


「大型の艦体を動かすエネルギーはどうするんだよ」


『わーん! “ふるたか”ちゃんがロジハラするー! “ちくま”、泣いちゃうよ?』


「そこで諦めずにトンでも軍艦を作ってこその“艦艇妖精”だぞ」


 艦艇妖精──。


 彼女たちは人ではない。妖精と呼ばれる存在だ。それも人工的に生み出された。


 2030年。地球は宇宙の壁を破壊し、別の宇宙に向かう術を発見した。


 ポータル・ゲート。それは未知の地球型惑星へと繋がる扉であり、人類にとっての新たなフロンティアであった。


 環境汚染と人口爆発、そして資源枯渇という危機に晒されていた地球にとって、それは生き抜くための扉であった。別宇宙──異世界からもたらされる多大な資源は地球環境を救い、地球は滅亡の危機を逃れた。


 だが、人間は変わらない。豊かになれば、より豊かになろうとする。争い続ける。


 しかしながら、先進国には戦争を遂行する上で大きな問題があった。


 人口減少と軍への志願率低下だ。


 先進国において軍に志願する人間は大幅に減った。他にもっと楽で、稼げる仕事があるのに、国防意識に駆られて軍に志願するような人間は絶滅危惧種になったのだ。


 戦争をしたければこの問題を解決しなければならない。


 最初、軍は兵器の無人化に目をつけた。


 それは21世紀始めから進んでいたことだが、AIの大幅な進化によってより高度な無人兵器が開発された。それと民間軍事企業(PMC)の存在によって、軍は多大な省人化に成功したものの、完全な無人化とはいかなかった。


 そして、完全な無人化を推し進めようとする軍に降りかかったものがある。


 自律型致死性兵器システム規制条約。


 完全自立兵器による殺傷行為を規制するこの条約によって、トリガーは必ず人間が引かなければならないと定められた。もっと正式に表現するならば、“AIなどの軍事兵器の一部に組み込まれているシステムによって人を殺傷する判断を行ってはならない”と。遠回しな表現なのは、人間以外に引き金を引かせるなという条文に反対意見が出たからだ。ポータル・ゲートの向こう側では現地の人間以外の生命体に武器を持たせている。


 省人化できただけでも納得するべきだろうが、こういうときに軍は無茶苦茶な要求を出しがちだ。『自律型致死性兵器システム規制条約を回避する自立兵器を』と研究機関に求めたのである。


 そこで研究者たちが目をつけたのがポータル・ゲートの向こう側にある技術だった。


 妖精。自然に存在するものから、錬金術によって生み出されるものまで様々なものが存在し、野生のものは森で人を惑わしたり、人工のものは部屋の掃除や炊事などの家事を行ってくれるという存在。


 これを組み込めば、自律型致死性兵器システム規制条約を回避できるのでは?


 魔術師と科学者と国際法学者と外務官僚たちは議論の末に、人工妖精を使った自立兵器の操作は条約に抵触しないとの判断を下した。


 そして、日本海軍はアメリカ海軍と合同で当初実験艦であったミサイル駆逐艦“ふるたか”を使って『グレムリン計画』を行う。“ふるたか”での実験が見事成功し、人類はついに完全無人兵器を作り上げたのだ。


 日本海軍はそれからも艦艇妖精による各艦艇の無人化を始め、“第7護衛隊群”という完全無人艦隊を編成したのである。陸軍や空軍においても戦車妖精や戦闘機妖精が導入され始め、戦争のためのリソースは貯え続けられていた。


 だが、実に皮肉なことにそのリソースはリソースを生み出した存在のために使われることになる。


 空間異常の発生だ。


 ポータル・ゲートの発生により、空間異常が地球上のあちこちで発生するようになった。それは地球の面積の70%を占める海上においても例外ではなかった。


 太平洋を航行中だったクルーズ船が、空間異常によって生じた予期せぬポータル・ゲートより現れた“ドラゴン”によって襲撃され、乗員に犠牲者が出ると、世界はポータル・ゲートのもたらすデメリットのために行動しなければならなくなった。


 地中海で、大西洋で、インド洋で、太平洋で、各国の海軍が不意なポータル・ゲートの出現に備えてパトロールに当たる。


 ただの戦闘艦でも出現するドラゴンや異形の生命体、そして異世界の海賊を撃破することは容易だ。だが、問題は生物学的汚染であった。


 異世界と地球の生物学的構造は極めて似通っている。そうであるが故に、未確認の病原菌による地球への生物学的汚染が生じる可能性があったのだ。


 無人艦隊はそういう意味ではこの任務に打ってつけであった。


 無人艦隊に人間はひとりとして存在しない。はるか後方の市ヶ谷から量子通信で指示を出してくる司令部が存在するだけ艦隊そのものは無人だ。微小な生物学的汚染からは逃れられることができる。


 そういうことで艦艇妖精によって動く第7護衛隊群は今日の太平洋のパトロールに当たっていたのであった。


「そもそも打撃力が欲しければ大型艦砲を電磁投射砲化するよりも対艦ミサイルや巡航ミサイルを大量に搭載したアーセナルシップがあればいいだろう。今、俺様たちの下にいる奴みたいに。なあ、“ふそう”?」


 “ふるたか”がそう呼びかけるが返事はない。


「けっ。根暗な奴」


『“ふそう”ちゃんは独りが好きな子だから』


「アクティブソナー、鳴らしまくってやろうか」


『やめてあげて!』


 艦艇妖精にとって艦艇は自分の家であり身体だ。


 もっとも、艦艇そのものを動かしているのは物言わぬ軍事AIである。一世代前のスパコン並みの演算力を持った軍用コンピューターとそれに搭載された高性能軍用AIが、瞬時に判断を下し、艦艇妖精は引き金を引くかどうかの判断だけすればいい。


 かつて何百名もの軍人によって動かされていた艦艇をたったの2名に圧縮したと考えていい。艦艇妖精──人工妖精と軍用AIのバディ。AF=AIバディシステムは艦艇の無人化の中では主流のものであった。


『総員傾聴! 艦隊旗艦より連絡です!』


 不意にインカムに“ちくま”以外の声が流れる。


『偵察衛星がここから300海里先に空間異常を検知しました。ただちにこれの確認に向かい、侵入するものがあれば撃破します!』


「“しょうかく”、相変わらず張り切ってるな」


『もー! この中じゃ“ふるたか”がもっとも古参なんだからしっかりして!』


「この中どころか地球でもっとも古参の艦艇妖精だぜ、俺様は」


 対空レーダーが全力で稼働し、ソナーも獲物を探す。


 その間にも輪形陣に守られた軽空母“しょうかく”からF-51C艦上戦闘機が発艦を始める。そして、“しょうかく”が受け取った偵察衛星の画像は艦隊の艦艇妖精と軍用AIの間で共有され、“ふるたか”が戦闘指揮所(CIC)に入室する。


「市ヶ谷から何か命令は?」


『確認し、敵が存在すれば殲滅せよ。それだけです』


「現場任せか。信頼されているととるべきか、責任を丸投げされたと取るべきか」


 “しょうかく”の言葉に“ふるたか”が考え込む。


『偵察衛星の最新の情報に生物らしき熱源反応を確認。恐らく“ドラゴン”です。全長およそ40キロ。現在空間異常地点を旋回中』


「相変わらず異世界の化け物はデカいな」


 “しょうかく”の報告に“ふるたか”が唸る。


「まずは航空隊による攻撃だろ? それでケリがつかなきゃ、俺様たちの出番だ」


 無人戦闘機は対艦ミサイルと対空ミサイルの両方を積んでいる。それに加えて早期警戒機(AEW)が無人の状態で常に飛行している。早期警戒機は地平線の向こう側を索敵し、敵の位置情報を艦隊に通達し、衛星とともに艦艇から発射される対艦ミサイルの誘導を行う役割を担っていた。


 無人戦闘機は電動エンジンで駆動し、母艦である“しょうかく”からの電波送電や衛星からの電波送電を受けて稼働する。もちろん、バッテリーにはたっぷりと電力が収められており、一昔前の戦闘機とは比べ物にならない航続距離と滞空時間を誇っていた。


 速度も機動性も一昔前の戦闘機を大きく引き離している。状況判断は機体に搭載された軍用AIと量子通信で繋がった“しょうかく”の無人戦闘機制御モジュールで行われる。無人戦闘機のトリガーは“しょうかく”が握っている。


 “しょうかく”は水平線の向こう戦闘機が消えるまで電波送電を行い、水平線の向こうに消えてからは衛星からの電波送電に切り替えた。


『やってくれるでしょうか……』


「あんまり壊すなよ。艦隊妖精の必要性が疑われるからな」


『もう。心配のひとつくらいしてくれても損はありませんよ?』


「ちゃんと艦載機の心配はしてやってるじゃないか」


 戦闘指揮所のモニターに偵察衛星が撮影した敵の姿が映し出される。


「デカッ。何食ったらあんなにデカくなるんだよ」


 モニターには神話に出てくるドラゴンの姿が映し出されていた。巨大な翼を広げ、暴風をまき散らしながらホバリングするドラゴンの姿がはっきりと映し出されている。サイズはちょっとした島ぐらいはある。


『第一次攻撃隊、攻撃開始まで3、2、1。攻撃開始!』


 “しょうかく”からの攻撃開始の報告が入る。今、艦艇妖精がトリガーを引いたのだ。人間でない存在が生物の生死を決める判断をしたのである。


 発艦した10機のF-51C無人戦闘機が一斉に40発の電子励起弾頭の対艦ミサイルをドラゴンに向けて発射する。対艦ミサイルはドラゴンの姿を捕えないうちから発射され、一瞬で超音速から極超音速にまで加速し、GPSによって誘導される。


 そして、終端誘導ではAIによる画像解析──量子通信によって母艦“しょうかく”のコンピューターと繋がっている──と電子対抗手段(ECM)対策の赤外線イメージ誘導を利用し、ドラゴンに向けて突撃する。


『ミサイル着弾。観測結果待ちです』


「流石に40発も電子励起炸薬の対艦ミサイルを食らえばくたばるだろ」


 “ふるたか”はそう楽観的に考えていた。


『……っ!? 攻撃、効果を認めず! 攻撃、効果なしです!』


「はあっ!?」


 “しょうかく”の報告に“ふるたか”が目を見開く。


 偵察衛星からの映像には40発の対艦ミサイルを受けても、なお羽ばたき続けるドラゴンの姿が確認されていた。


『気象レーダーに異常発生ー! 突如として大規模な低気圧の発生を確認したよー! 中心地はあのドラゴン!』


「クソ。わけわかんねーもん送り付けてやがって。どうする、“しょうかく”?」


 “ちくま”の報告するようにドラゴンを中心に巨大な嵐が出現しつつあった。


『第二次攻撃隊を出します。それから“ふるたか”。水上戦闘の準備を』


「了解!」


 “ふるたか”が犬歯を覗かせた獰猛な笑みを浮かべる。


「“ちくま”、“ふぶき”、“おぼろ”! 水上戦闘用意だ! まずは第一次攻撃隊がどうして攻撃に失敗したのかをAI様が分析するのを待つ。それが済み次第、砲弾とミサイルの雨を降り注がせてやろうぜ」


『了解!』


 “ふるたか”が号令を発するのに“ちくま”が応じる。


『こちら“ふぶき”。了解』


『こちら“おぼろ”。了解です、“ふるたか”先輩』


 2隻の汎用駆逐艦からも応答の知らせが入る。“ふぶき”の方は機械的で、“おぼろ”の方は人間とさして変わらない。


「さて、AI君。どうして第一次攻撃隊の40発の対艦ミサイルを受けても、ドラゴンの野郎は平気だったのかね? 分析してくれたまえよ」


 AIが衛星の撮影した映像を分析する。


「なになに? 『敵は電磁バリアを使用している可能性あり』? マジかよ……」


『こっちも同じ結果! だけど、電磁バリアでも40発の電子励起弾頭の対艦ミサイルに耐えられたのは納得できないよ。それでね。アーカイブを調べたら以前、第6護衛隊群が、魔術的な防御手段を使用するドラゴンと交戦したって!』


「でかした、“ちくま”! それで対処方法は?」


『飽和攻撃しか通じなかったって……』


「なるほど。死ぬまでぶん殴れってことか」


 にやりと笑った“ふるたか”が拳を鳴らす。


「“しょうかく”! 艦砲も使うぞ! 第二次攻撃隊の対艦ミサイル、こちらの対艦ミサイル、そして艦砲の全てが同時着弾するように調整したい。まさにフルボッコタイムってな。言っとくけど、全力攻撃するから補給受けないと不味いことになる」


『補給は気にしないで。近くにアメリカ海軍の哨戒艦隊がいるから彼らと任務を交代してパールハーバーに寄港します。あの空飛ぶトカゲ野郎様を全力でぶん殴って、地球代表として歓迎してさしあげましょう!』


「そうでなくっちゃ!」


 “しょうかく”の返事に“ふるたか”がガッツポーズを取る。


『“ふるたか”様。よろしいでしょうか?』


「どした、“ふぶき”?」


『“ふそう”様より言伝を承っております』


「“ふそう”から? なんで直接言わないんだ? 通信機器の故障か?」


『いいえ。“ふそう”様曰く、『“ふるたか”様は陽キャだから直接は喋りにくい』とのことだそうです』


 “ふぶき”のその言葉に“ふるたか”が呆然とする。


「馬鹿か! もっと論理的な思考をしろ! 艦艇妖精だろうが!」


『“ふるたか”ちゃん、ロジハラはダメだよ?』


 “ふるたか”が吠えるのに“ちくま”が突っ込む。


「……で、用件は?」


『はい。“ふそう”様も飽和攻撃に参加を希望しておられます。着弾タイミングの演算は“ふそう”様が行われるので、攻撃開始のタイミングを同期してほしいと』


「了解。俺様と話すのが嫌なら“ちくま”と同期させておく」


 そうこうしている間にも外は嵐が吹き荒れ、膨大な量の雨が降り始めていた。


「嵐の影響でセンサー類が影響を受けないといいんだが」


 この付近でこんな低気圧が発生することはない。


 だが、今はモンゴルが日本を攻撃した時代でも、アメリカが沖縄を攻撃した時代でもないのだ。環境の影響は可能な限り受けないようにセンサーも艦体も作られている。この嵐でも“ふるたか”がいる戦闘指揮所は僅かにしか揺れていない。


「準備はいいか。弾着は同時だ。全ての火器管制システムを同期させる。ナノセカンド単位での戦闘だ。これこそ俺様たちにしかできない、人間の乗員にはできなことだ。俺様たちの“艦艇”という城への親和性の高さと軍用AIだからこそ成せる業だ」


 人工妖精は大なり小なり居場所を見つける。それは錬金術師の家であったり、馬車であったり、王室の住まう城であったりした。


 そして、居場所を見つけた妖精は人間たちよりもその場を上手く使いこなす。森の妖精が巧みに人間を惑わして遭難させるように、城や屋敷に住み着いた妖精はそこにあるものと構造を全てを知り尽くし、人間たちよりも上手く使いこなす。


 “ふるたか”が参加した『グレムリン計画』では人間の搭乗した完全同性能のミサイル駆逐艦より40%の単純性能の向上と、90%の戦闘艦としての戦闘計画の効率化を示した。それだけの“艦艇”という新たなる“城”への親和性を人工妖精は示したのだ。


『目標ドラゴンより飛翔体が接近中! 数24! “ちくま”さんと“おぼろ”さんは迎撃に当たってください! “ふるたか”は引き続き攻撃計画を!』


『りょーかい!』


 ミサイル駆逐艦、早期警戒機、そして随伴する汎用護衛艦は全てリンクしている。次世代統合戦術ネットワークシステムという、国防省国防装備庁がアメリカ海軍とともに開発したシステムにより、ミサイル護衛艦の多目標誘導能力と早期警戒機の遠距離探知能力と汎用駆逐艦のミサイルキャリアとしての能力はリンクしている。


 “ちくま”の垂直発射システム(VLS)から対空ミサイルが次々に発射され、同時に“おぼろ”のVLSからも対空ミサイルが発射される。


 海軍の防空能力は“ちくま”が指摘したように極めて高い状態にある。弾道ミサイルにしろ、極音速対艦ミサイルにしろ、迎撃できるような状況にあるのだ。もちろん、各国はしのぎを削って艦隊の防空能力を低下させる、あるいは突破する手段を考えており、冷戦時代に生み出されたようなアイディアが再び芽吹きつつあった。


 ロシア海軍の最新鋭の対艦ミサイルは極音速に加えて、最大で12個のダミーを分離させて艦隊の迎撃ネットワークを突破しようとする代物である。当然ながら、全てに基本的なステルス性能が付与されている。


 それでも今の先進国の艦隊防空を突破するのは難しいと言われている。迎撃側も無人化されたアーセナルシップに対空ミサイルを詰めるだけ詰め込み、加えて電磁バリアという次世代の技術を取り入れている。より大型で高威力の対艦ミサイルを大量に叩きつけないことには、艦隊防空を突破することはできない。


 今、ドラゴンの放った飛翔体。魔術的に形成された火球はマッハ0.8という今の艦隊戦で使用される兵器としては低速の速度で艦隊に迫っていた。


 それを“ちくま”と“おぼろ”の対空ミサイルはそれら全てを迎撃した。


 火球は全て空中で爆発し、艦隊には何の影響も及ぼせなかった。


「演算完了! 全員、いけるかっ!?」


『第二次攻撃隊は既に攻撃態勢。いつでも始めて、“ふるたか”』


「よし。まずは艦砲から叩き込むぞ。撃ち方、始めっ!」


 電磁投射砲化された127ミリ速射砲からマッハ5の速度で砲弾がドラゴンに向けて発射される。砲弾の弾頭は電子励起炸薬。全艦艇がナノセカンド単位で同期した動きで目標に向けて砲弾を放つ。当然ながら目標の移動も演算済みだ。


「続いて対艦ミサイル及び巡航ミサイル! 撃ち方、始め!」


 ここで新たなる艦艇が攻撃に加わる。


 巡航ミサイル潜水艦“ふそう”である。


 “ふそう”は打撃力を求めた日本海軍の保有する、いわゆるアーセナルシップである。大量の巡航ミサイルと対艦ミサイルを搭載し、同時に50発以上の巡航・対艦ミサイルを発射することが可能だ。


 “ふそう”もリンクされた戦術ネットワークによって、目標の位置を把握しており、“ふるたか”の攻撃開始の合図に合わせて、演算した結果に伴い一気に62発のミサイルを発射した。それら全てがドラゴンへと向かう。


 “ふるたか”たちも対艦ミサイルを同時に発射する。


 日本海軍の対艦ミサイルは極音速かつ電子励起炸薬を使用するだけではなく、かつてソ連海軍が開発したP-700“グラニート”対艦ミサイルが有していた編隊を組んで目標に向かうという機能が付与されていた。


 とはいっても、冷戦時代の遺物であるそれから大幅に性能は進化している。編隊はAIが発射した艦艇及び戦術ネットワーク上にある艦艇、早期警戒機、衛星、飛行中の友軍艦載機からの情報を収集して編成され、その動きも常に母艦から最良の編隊の組み方を演算されたものが量子通信で送られ飛行している。


 それらがドラゴンに襲い掛かる。


 ドラゴンは対空ミサイルを有さない。防御手段として有してるのは魔術的バリア、すなわち結界だけである。その結界も無敵の代物ではなく、一定のエネルギーが加われば崩壊するものになっていた。


 そして、第7護衛隊群が発射した全ての砲弾とミサイルはその結界を崩壊させるに足るエネルギーを発生させた。


 爆発の衝撃によって低気圧が呼び寄せた雲が吹き飛び、きのこ雲が立ち上って海面が大きく揺れる。津波のように海上に波紋を描いた衝撃波が“ふるたか”の艦体を揺さぶり、“ふるたか”が近くにあった手すりに捕まる。


「目標は!?」


『待って。まだ雲が晴れない』


 “ふるたか”の声に“しょうかく”が答える。


『……目標撃破。目標撃破です!』


「おっしゃあっ!」


 “ふるたか”が男勝りな歓声を上げる。


『付近の海域に関する自治体に生物学的汚染の可能性を警告。それから戦闘レポートの作成もそれぞれの艦艇で行ってください』


「はいはーい。さあ、パールハーバーに向かおうぜ」


 “ふるたか”が暢気にそう述べる。


 パールハーバーには日本海軍の補給艦“まみや”が待機しており、これもまた無人化されている。そこで消耗した弾薬類を受け取ることになる。


「“ちくま”。パールハーバーで少し休暇が取れたら、観光しようぜ」


『わー。“ふるたか”ちゃんから誘ってくれるなんて珍しいなあ。でも、嬉しいよ!』


「ミズーリ、見に行こう。案外、野良妖精が住み着いてるかもしれないしな」


『楽しみ、楽しみ』


 第7護衛隊群は今後も任務を続ける。


 ポータル・ゲートを生み出した科学技術がさらに進歩し、空間異常がなくなる未来が訪れるまで彼女たちは戦い続けるのである。



 今、空は再び青々とした輝きを以てして彼女たちを照らしてる。



……………………

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― 新着の感想 ―
[良い点] 616さんらしからぬ青春さわやかストーリーですね(グルグル目)! きっとどよーんとした雰囲気の「ふそう」も顔隠してる前髪切ったら美形キャラなんですね分かります! これはアニメ化待ったなし…
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