生命力の維持 1
裏山の前にあるバス停……いや、バス停の裏にある山に現れた石段。
その石段を登り切った所には妖怪の学校、全寮制の男子校があるらしい。
どんな先生がいて、どんな校則があって、どんなことを学んでいるのかは知らないが、そこに通うことになった転入生なら知っている。
菊池タツミと菊池ライ、そして渡部リキ。
俺には妖怪系の才能がないから、半妖でなければ見ることすらできない。
だけど、妖怪に関する知識だけは身につけることができる。
それは将来、ゆぅちゃんの力が目覚めた時にも役に立つだろうと思ったんだけどね、妖怪のことが書かれている物が小宮家に殆どないのが気になるなぁ~って位で、新しい発見には至れていないってのがオチ。
とは言っても、1つ大きな出来事があるにはあった。
なんと、ゆぅちゃんが無事に高校2年生になって、俺も3年になれたよーって……まぁ、それもあるんだけど、そうじゃなくて、裏山のどこかにある妖怪の学校。
学校と言うくらいだし卒業という概念があるのだから、普通の学校と同じような時期に卒業式と入学式が行われるのではないか。
そんな訳でバス停を見張っていたんだ。
するとだ、鬱蒼と生い茂っているだけの森の中から24人もの若者がスッと出て来たんだよ。
入り口も何もない木々の中から、だよ?
しかも、妖怪の才能が皆無である俺が感じ取れるほど、24人の気配は黒く染まっていた。
多分だけど、黒く染まっている状態が妖怪を認知できるってことだと思った……誰からも教えられていないし、書物を見た訳でもなくて俺が勝手にそう思った。
だから提案してみたんだ、無料で浄化するよーって。
余りにも妖しかったのか、浄化の申し出に答えてくれたのはたったの2人というね。
2人に後ろを向いてもらって黒に染まった魂と身体を浄化してみた所、不思議そうに首を傾げた。
なんでも、浄化が終わった途端に階段がパッと消えたのだという。
残りの22人についての足取りは良く分からないけど、浄化に成功した2人は今となっては親父の弟子だ。
なにも祓いの仕事につかせようという訳ではなくて、また自分の魂が黒く染まった時ために、簡単な浄化を身に着けてもらおうと思ってさ。
他者の浄化となるとまた訓練が必要になるから、とりあえずは自分だけの浄化。
「兄貴、またなんか顔色悪くなった?」
門下生が2人増えたので気合を入れて夕食を作っていた時、不意にそう声をかけられた。
あー……いつ、帰って来たんだろうね?
ちょっと最近ボーッとし過ぎてる気がするーなんて、こんな弱い所をゆぅちゃんに悟られるわけにはいかない。
「そうかな?まぁ、最近寝不足だからかな?」
実際に依頼の件数も増えてるし、寝不足であることは確かだ。
「あのさ、ズット気になってたんだけど、聞いて良い?」
おっと、何だろう?
「答えられるようなことなら答えるよ」
知らないことなら答えようがないし、答えにくいことってのもあるしさ。
「祓う時には精神力か生命力が必要なんだよな?」
……ん?
結構構えてたのに、そんな初歩的な?
「そうだよーだから日頃の鍛錬が重要なんだよ」
健全な魂は健全な肉体に宿る!ってね。
「……精神力と生命力って、具体的にはなに?」
おっと……。
え?
言葉通りだと思うんだけど、最近の辞書では意味が違ってるのかな?
言葉は生き物、なんてことも言われるしね。
「精神力ってのは、集中する時とか細かい作業をする時とかに集めたり尖らせたりするアレで、生命力ってのは魂の力、かな?生きてくために必要な力のことだよ」
ゲーム風に言えば精神力がMPで生命力がHPって所かな?
夕食づくりに例えれば精神力はお玉とかの道具で、生命力はコンロの火。
着替えに例えると精神力は色んな服で生命力は布だ。
まぁ、なくても筋力とかでごり押しできそうなのが精神力で、ないと始まらないってのが生命力、かな?
生命力がなくなると死ぬわけだし。
「最近、依頼増えてんだよな?」
まぁ、そうだね……去年のこの時期に比べると2倍くらい?
まぁ、厄介な依頼だけが増えたってこともないし、寧ろ簡単な依頼ばかりだから楽なのは楽なんだけど……件数の問題だよね……。
「んー、そうかな?あまり変わらないと思うけど?」
この時期自体は元々忙しいんだし、後1カ月もすれば落ち着くでしょ。
だから、下手に心配をかけるわけにはいかない……それに、少し暇になったら本格的にゆぅちゃんを鍛えようと思ってるからね。
もちろん心霊的じゃなくて、妖怪に対処するための訓練。
当面は受け身が中心になるかな。
「最近、ずっと夜家にいねーじゃん」
それは、今に始まったことじゃないと思うんだけど……夜になにか用事があるとか?
「夜になったらなにかあるの?今日も夜に依頼が3件あるから、用事があるなら今聞くよ」
夜中の廊下が怖いからトイレについてきてくれ、とかならどうしようもないけど、子供じゃないんだからそんなことはないか。
でもなぁ……ゆぅちゃん心霊系の才能全くないどころか、怖がりだからな……。
「……さ、最近さ……夜中にへ、へんな音が聞こえてさ……」
夜中に変な音?
「どんな音?何処から聞こえる?」
鼠でも出るようになったかな?
「俺の部屋の前で、なにか廊下をつつくみたいな軽い音なんだけど、凄い響くし、廊下に出てみても誰もいないし……1日とか2日なら寝ぼけてんのかな?って思えるんだけど、ここの所毎日だし!」
廊下で軽い音?
親父と俺が忙しくて家にいない夜中の家の中で……。
「ポクタロウか、カンタロウじゃない?」
ポクタロウとカンタロウは昔に飼っていた犬の名前で、ゆぅちゃんが中学3年の時に亡くなった2匹のミックス犬。
ハスキーっぽかったし、結構な大型犬の兄弟は親父によって小宮家にやって来たんだ。
その頃はまだ母も生きていて……うん、止めよう。
「ポ、ポクタと……カンタ?え……え、でも、アイツらは……」
うん、亡くなったね。
一緒に骨を庭に埋めたもんね。
でもさ、あれからもズット一緒にいるんだけど……見えてないのかぁ。
「今は2匹とも親父を守護してるんだよ。親父が依頼を受けている時はどちらか1匹だけがついて行って、もう1匹は家を守ってくれてるんだよー」
きっと、親父も俺も家にいない時には、人1倍怖がりなゆぅちゃんを守ろうと見張ってくれていたんだね。
怖がらせないよう部屋には入らずに廊下で。
小宮家には悪霊とかそういうのが入ってこないように結界が張られてるから、心配することもないんだけど。
「親父の守護?あ、そっか……妖精とか、精霊とか、そんな感じってことだな!」
妖精とか精霊なら怖くないんだ?
まぁ霊と精霊では同じ霊でも全くの別物なんだけど……んー……いやいや、妖精もイタズラ好きだから不用意にビックリさせに来ることがあるよーとか詳しく説明して折角元気になったゆぅちゃんを怖がらせるのも可哀想だし、そういうことで良いか。