肉体派の祓い屋 6
小学校に向けて走り出してしばらく、そろそろ目的地が見えてくるという頃になって見えた1人の児童の後ろ姿。
妙に見覚えがあるのは昨日にも会った少年だからだ。
この場合、話しかけても良いのだろうか?
いやいや、こんな怪しげな井出達の男が小学生に話しかけるなんて不審者扱いは必至だから、気が付いていないふりをするしかない。
とはいえ、目的地は同じだ。
しかし、こうして体調が万全な状態で少年を見てみれば、実に不思議な気配を感じる。
ここに確かに存在しているというのに虚ろな感じ……人でも霊体でも妖怪でもないような?
そんな存在、あり得るのか?
小学生だし、なにかに影響を受けている可能性……あ、そうだ。俺が今から行く小学校には本物の付喪神がいるんだっけ。
「小宮さんですね?」
少年の後ろを歩き、ノンビリと小学校についてみれば依頼者が待ってましたとばかりに駆け寄ってきた。
「早速ですが見せて頂けますか?」
朝のHRまでなら遅刻しても良いけど、授業には遅刻しないため、キビキビと祓わせていただきます。
「もちろんです!」
小学校の敷地内に1歩入った時、ピリピリとした薄い電気の層?を通過したような感覚がして、その瞬間鋭い視線を感じて視線を向けてみれば、そこには伝説級の幽霊であり妖怪でもある花子さんがいた。
嘘でしょ!?
何度目を凝らしてみても、おかっぱ頭の女の子は鋭い視線を向けてくるものだから、少し視線を外してみれば双子かな?男の子の霊体が男子トイレの小窓から顔だけ出してこっちを見ていた。
ザワザワと風もないのに木々が揺れる音が妙に耳について、音の方を見上げれば……。
「わぁ……」
なんなんだろうかこの小学校……木の精霊までいる。
えっと、こんな場所にある付喪神なら祓うよりも祀った方が良いレベルなんじゃないかな?
強くそっちをお勧めしたいんだけど……。
「どうされました?こちらです」
依頼主にどう提案しようかと考えながら保健室に向かっていると、廊下の真正面からさっきの花子さんが歩いて……ホバー移動してきた。
「本物のようね、返事はいらないわ、聞いてちょうだい」
返事はいらないと言われても、一応ちゃんと聞こえてるってことは伝えた方が良い気がするから、俺は花子さんに向かって少しばかりの笑顔などを作って見せた。
「今から心臓のない人体模型のお祓いを頼まれると思うのだけれど、模型から出すだけで良いわ。祓わないでちょうだい……誰1人として」
人体模型?
人骨模型って聞いてたんだけど……まぁ、保健室にある模型だね。
誰一人として祓うなって、確かに俺は祓い屋だけど、見かける霊体を掴んでは祓い掴んでは祓いしてるわけじゃないからね?
そんなことをしてたら精神力も生命力もアッという間に底をつきてしまうから、実は払わなくて良いっていうのは結構嬉しいんだ。
カラカラカラ。
保険医によって開けられた保健室の扉。
お邪魔しますと保健室に入って見えるのは、額に貼られている不用品の紙で顔が見えない人体模型。
どうして部屋の真ん中に置かれているのかってのは良いとして……これは、本物だね。
「こちらですね……」
これはこのまま置いておいた方が良いと思うんだけど、依頼だししょうがない。
それにさっき花子さん直々に模型から出すだけで良いって言われたんだっけ。
それって、魂を出す行為自体に対しては了承済みだともとれる。
まずはなにより、この罰当たり過ぎる不用品シールを剝がさなきゃ。
「どう、でしょうか……」
依頼人は付喪神を悪霊かなにかと思っているのだろう、そしてこの不用品シールを封印のお札かなにかと勘違いしているようだ。
じゃあ早い所始めないと1時間目にも間に合わなくなる。
「今から祓いますので、離れてくださいね」
さてと……儀式っぽいことをしないとな。
作務衣のポケットから数珠を取り出して嵌め、パンッと両手を合わせて部屋の中の空気の浄化をしておく。
後は意識を集中させて……って、このまま終わらせるとちょっと呆気ないだろうか?
普通こういった場合、離れてくださいって言ったら部屋からの退出とか、もう少し離れるとかしてくれるもんなんだよ。
この依頼者、食い入るように俺と人口模型を見てるからやりにくい……。
こうなったら、それっぽいことフルコースでいくしかないようだから、経を唱えておこうかな。
悪霊とかでもないし特に必要なさそうなんだけど、大きく深呼吸ーだけしてハイおしまい。じゃあ、インチキと言われてしまうからね。
うん、経験済み。
経を唱え終えたら本番、閉じていた眼を開いて1番力を感じる頭部に向かってフッと勢い良く息を吐いた。
ポテッ。
後ろに倒れ込むようにして人体模型から出た魂は、その後保険医と一緒になって俺がただの模型になった人体模型のパーツの1つ1つを清めていく様子を黙ったまま大人しく見学していた。
そんな付喪神は、清めが終わってシーツにくるんだ人体模型をゴミ置き場に置いてから、
「祓わないのか?」
と、静かに。
祓わないというよりも、祓うなって言われたんだけど。
この付喪神自身が祓ってほしいと望んでいる場合はどうしたら良いんだろ……あの伝説の花子さんを相手に勝つ自信は全くないから、きっとなにもできないんだろう。
だけど、意志確認だけはしても良いかな?
「祓って欲しいの?」
小声で言って、彼方此方から聞こえてくるザワザワとした不穏な空気……花子さんと男子トイレの双子、それに木の精霊以外にもこの学校には色々といる……あ、あれは二宮金次郎像?
なんか、ちょっと動いてるね……まさか付喪神が2体いるなんて思わなかったからビックリだよ。
いや、この小学校はなんなんだ?
「幽霊とか全部祓うのが仕事なんじゃないの?」
うん、キミ達の祓い屋に対するイメージがどんなものなのかってのは知れたよ。
そりゃ悪霊なら捕まえては祓い捕まえては祓いってするよ?
するけどさ、平和に暮らしている物の怪に関しては様子見に留めてるから。
って、ちゃんと説明しておこう。
「悪い影響を与える危険な存在なら、有無を言わさず払うけど、そうじゃないのは個人の意見に任せてるんだ。だから、払われたくなったらいつでも言って」
キーンコーンカーンコーン。
あ、マズイマズイ小学校で予冷が鳴るってことは、高校でも予冷が鳴る時間ってこと!
「それでは私はこれで失礼します」
出来る限りゆっくりとお辞儀をして、付喪神の2体と花子さんの方向を意識して不自然にならないように手を振り、出来る限りゆっくりと正門に向かって、またピリッとする壁みたいなものを抜けたら……ダッシュ!
途中で赤信号に捕まることもなく順調に移動できたというのに、それでも朝のHRには間に合わなかった。
入室届をもらいに行くのって、面倒なんだよね……。
まぁ、仕方ないか。
「モリヤーまた遅刻か?」
同じクラスにいる友人のレオは、入室届を教卓に置いた直後に話しかけてきた。
「遅刻は遅刻でも、今日は寝坊じゃなくて仕事だよ」
有意義な遅刻だから。
キーンコーンカーンコーン
1時間目が始まるチャイムが鳴って、大人しく席に移動する中レオはこう言った。
「そう言えば予冷鳴る前に弟が来てたぞ」
到底無視できる情報ではない。
ゆぅちゃんがわざわざ教室に来たというのだから。
「うん、分かった。会いに行ってくるよ!」
多分だけど仕事内容が気になってるんだと思うから、ちょっと会いに行って無事だってことだけでも……
「待て、俺らが1時間始まるってことは、弟の所も1時間目が始まるってことだぞ?」
そんなのは教師が教室に到着するよりも早くに行って戻ってくれば遅刻には当たらないよ。
ダッシュすれば十分に……そうだ、窓からダイレクトに1階に降りればもっと時間短縮に繋がる。
「ゆぅちゃんに、朝の挨拶をっ……」
「モリヤってさ、その重度のブラコンさえなければモテただろうにな」
ブッ……ブラコ……。
え?俺、そんな風に見られてたの?
「ブラコンという訳では……」
でも、確かに今は落ち着こう。
1時間目が始めってから会いに行っても話せないしね、1時間目が終わってから会いに行こう。
「家帰ったら嫌でも顔合わすんだし、帰ってから用事聞けば良いだろ?」
あっ……え?帰宅するまで待てと?