肉体派の祓い屋 4
招いていない俺を含めた3人に対し、妖怪は遠回しに死ねと言ってくるものだから、とりあえず不快感を示す為に嫌だと言いながら手を軽く払ってみると、妖怪は持っていた資料を落とした。
自分から落としたというよりも、ふいに叩かれたことによって落としてしまった感じで、妖怪はギロリと俺を睨み、転入生達はサッと視線を地面に向けた。
やっぱり、見えている分には打撃が通じそうで安心したよ。
この妖怪は始めから見えていたし、半妖って見解は間違ってなかったんだなーって……、なんだっていいや。
「少々痛い目に遭っていただきましょうかね」
ハッ。
打撃が通じる身で、どうしてそんなに強気なのか分からないな。
ただの人間は、半妖とはいえ妖怪である自分には勝てる訳がないって?
その根拠のない自信は良いね、こっちも要望を言いやすいよ。
「俺が勝ったら出口をだしてもらう」
構えてみれば、そこにいるのは妖怪だとかそんなのではなく単なる敵。
純粋な人ではないからリーチとかも良く分からないけど、見えている物だけを解決すればいいのだから簡単。
恐れる必要はない。
ヒュンと高速で右側に移動した妖怪は、恐らくは死角を突いた攻撃をしたつもりなのだろう、後ろから首を狙って指揮棒のようなものを叩きつけてこようとしている。
それをしゃがんで交わし、前に飛び出てきた妖怪の腕を狙って回し蹴りをすれば、腕から指揮棒が落ちたので、それを拾い上げ目を狙って突き攻撃をした。
すると妖怪は攻撃を止めて逃げに転じたので、追って足を掴み地面に叩きつけるように落とし、首を掴んで避けられないようにしてから再び指揮棒で目を狙った。
この体制で突き刺してしまうと脳にまでダメージが入るのだろうから、横から刺して眼球だけを抉る。
もちろん、両目いってしまうと出口を出してもらえないかも知れないので、片目だけ。
「ギャァアアァアアァァア!!」
妖怪でも生々しい反応なんだな……。
多少は人間よりも痛覚は鈍いんじゃないかなって勝手に思ってたから……それに、急所狙いで一気に勝負をかけないと不利になるのは俺だと思ったし……。
でもここで謝るのは違う、かな?
そうだそうだ、元々はこの妖怪が俺達に生きることを諦めろとかなんとか言ってきたんじゃないか。
だからこれは立派な正当防衛!
残してきているあの2人が今無事かどうかも分からないんだから、謝るのは違うよね。
「えっと、出口を出してくれますか?」
指揮棒から眼球を外し、それを妖怪に差し出しながら言うと、戦意を喪失してしまったらしい妖怪はコクリと1度頷くとパッと姿を消した。
え?
逃げられた?
「手合わせ、願おうか」
しかし、代わりと言わんばかりに別の声が真後ろからしてきたかと思うと、言葉と同時に蹴りか武器か、何か堅いものが背中に当たった。
「返事もしないうちから攻撃を仕掛けて来るなんて酷いですね……まぁ、良いですよ」
振り返ってみれば、1人の……1頭?
顔が完全に牛だけど人間の体をして……んー……ミノタウロスみたいなのがいた。
スーツを着たミノタウロス。
だからさっきの攻撃は足でも武器でもなく、角だな。
「俺の突進をまともに受けて、バランス1つ崩さないとは……」
あぁ、攻撃じゃなくて突進だったのか。
しかし、見れば見る程牛だな。
「突進じゃなくて、突き上げる感じだったら吹き飛んだと思っ……」
言い終わらないうちに再び背中に何かが当たってきて、その瞬間ポーンと体が宙に舞った。
「ホホォ、良いことを聞いた」
なるほど、牛は1頭だけじゃなかったようだ。
あー、凄くゆっくりとした放物線を描きながら吹き飛んでるよ。
この浮遊感はあれだ、ゆりかごに通じる所がある……実際にはポーンビューンって吹き飛んでるんだからジェットコースターなんだろうけど、走馬灯?あれを見るような感覚だから、酷くゆっくりに見える。
脳が今必死になってここからどう挽回すれば良いのかって考えてるんだろうなぁ。
はぁー。
ゆぅちゃんはさ、肉が好きなんだよ。
何食べたい?って聞くとさ、大体焼き肉って答えるんだ。
でもさぁ、毎日焼肉なんてできないでしょ?栄養とかバランスあるし。
でさぁ、俺も肉って好きなんだよ。
特に牛タン。
美味しいよね?俺はレモン派だよ?
君たちは……。
あぁ、スーツを着たミノタウロスだったね。
「キミタチの舌は、牛タン?」
さっきの指揮棒を逆手に持ち、宙に跳ね上がった体を丸めて着地して1回転すれば、きれいに衝撃が全身へと逃げるからダメージはない。
それどころか、回転したことで俺は1匹の牛の懐に入ることが出来ている。
「しまっ……」
不自然に牛タンの話を始めた者の前で、口を開けるなんて不用心だと思わない?
ズルッ。
あ……指揮棒で舌を突き刺そうと思ったのに、さっきの眼球の時に血をぬぐい忘れていたせいで手が滑っちゃった。
仕切り直しだ。
落ちていた資料を使って指揮棒の血を拭って構え直してみれば、パッと2頭のスーツを着たミノタウロスが姿を消してしまった。
結局、出口を出してくれるのは誰なんだ?
「あ、あの……」
構えたままでいると遠慮がちに菊池タツミが話しかけてきたから、一旦指揮棒を下ろして警戒を解いてみた。
これでもしまた不意打ち攻撃を仕掛けてこようものなら、学校の方に乗り込んで抗議を述べ……たら流石に危険だから、戦ってほしかったら出口を先に出せ?
それでいこう。
「なにかな?」
怖がらせないため、出来る限りの笑顔で答えてみたが失敗したらしく、俯かれてしまった。
「見えて……ないんですか?」
見えてないって、何が?
もしかしてここにはまだ多くの妖怪がいるのだろうか?
それとも、逃げたと思っていたフルネームを聞きたがる妖怪と、スーツを着たミノタウロスのこと?
「妖怪は見えてないよ。もしかして、ここにいるのかな?」
半妖状態の妖怪なら見える筈なんだけど、急に現れたり消えたりするってことは任意のタイミングで切り替えることが出来るんだよね……でも妖怪はテリトリーの中でないとって、ここはテリトリーの中だっけ。
「はい……えっと、出口を開けたそうなので、もう出て行ってほしいそうです」
あ、そうなんだ?
隠れたままってのは少し気にはなるけど、出口があるんならもういいや。
「待って……お、俺も帰りたい……帰りたい……」
階段を降りようとした時、菊池に横抱きにされたままの渡部がそう言って俺を呼び止めた。
入学手続きとか終わってるんじゃないの?とか思ってみても、実際に帰りたいと泣いている子を見ると心が痛む。
それにこの子は、その……タコの妖怪に大変な目に遭わされていたし。
だけど、この子1人を助けると、他の子も助けなきゃならないし、連れて帰ったところで、それが本当に助けるってことになるのかも怪しい。
この子達は妖怪が見えている妖怪系の人物達に違いないし、その妖怪側から招かれるということは、将来そういう感じの仕事をする子達なのかもしれない。
またはその逆で、あまり力を持っていないのに妖怪が見えてしまっている子達……妖怪は自分を認知している者を食べるって言うんだから、力がないのに見えてしまっている状態はかなり危険だ。
妖怪の学校に通うことで、妖怪のなんたるかを学べることは確かなんだ。
そして卒業後は自由ってことから、卒業するまでは命の補償もされている……間違ってここにきてしまった俺や下にいる2人は運が悪かったと思えと殺されそうになったのにだ。
軽視されているのは確実に招待されなかった俺達の方。そんな俺が招待された子達を逃がそうとしているなら、まず間違いなく出口は閉じられる筈だ。
特殊だとは言っても学校、通ってみれば楽しいかも知れないじゃないか。
「卒業したら自由なんでしょ?まずは勉強をして、卒業した後でまだ助けが必要ならおいで。えっと……はい、これ連絡先ね。キミ達にも渡しておくよ」
こうして名刺を全員に渡し、出来るだけ渡部の返事を聞かないようにして階段を駆け下りた。
遠くの方で泣き呼ぶ声が聞こえて来るけど、今はこうするしかないから、ごめん。
走って、走って。
階段を駆け下りて、ようやくバス停が見えてきた時、そこにタコの妖怪に囚われていた筈の2人の姿は消えていた。
出口が閉まる前に出るという内容のメモを2枚残して。
まぁ、逃げられたんならそれは良いことだ。




