肉体派の祓い屋 3
人の名前をフルネームで聞いて回る妖怪が、攻撃を受けている男性以外の名前を確認し終わる頃、男性は抵抗する気力もなくなってしまったかのように力なくプランとしていた。
「お待たせしました」
妖怪がそう言って見上げると、さっきまではなにかに宙に浮かされていた男性がゆっくりと地に降ろされた。
目に見えない妖怪は相当強く男性を縛り上げていたらしく、手や足には跡がくっきりと残り、顔や上半身には切り傷でも擦り傷でもない奇妙な傷が無数に出来ていた。
出血はそんなになくてほとんどが内出血だけど、青あざなんて可愛らしいものではなくて毛細血管が切れていますよ。と言わんばかりというか、紫を通り越してどす黒いというか……ペンチで思いっきり身を挟んで抓りあげた感じ?
想像していた通り拷問的なことが行われていたんだなーって、そんな感じで……なにも分からないとはいえ、見上げ続けていた俺に対する周囲の反応が冷たいのも頷ける。
むしろ今からでも謝りたいし、なにも見えてなかったと弁解文を述べたい。
「お名前は?」
資料を何度も捲っている妖怪、あれは資料を見ているんじゃなくて、なにかの術だったりするのだろうか?
例えば、フルネームを答えた者の動きを封じるとか、制御するとか、なんかその辺の……はぁ、良く分からないことを考えていると勝手に目が閉じていく。
「わ、たべ……リ、キ……」
あ、名乗った……けど、渡部は元からグッタリとしていて動ける状態ではなかったから、あの資料を見る行動がなんらかの術かどうかを確かめる術はない。
さて。
これで全員が名乗った訳だけど、招かれていない俺はどうやって帰されるのだろう?
結局帰されるのなら、何故最後まで残っておく必要があったんだ?
嫌な予感がしてきた。
「それでは皆さん、寮に案内するのでついてきてください……あぁ、菊池タツミ君、渡部リキ君は動けないようなので、運んであげてください」
動けないでいる渡部を、菊池兄弟の1人がそっと横抱きにして階段を上がっていくと、その場には招かれていない俺を含めた3人が残される形となった。
ここからどうすれば良いのかなんて全く分からないってのに、待てと言っていた妖怪までもが立ち去るなんてね……。
もしかしてバス停に出られるようになったのかもと透明の壁に手をついてみたが、手がつけている時点で壁のままだ。
「なぁ……あいつ、なんでここにいたままなんだ?なぁ……まさか、だよな?」
招待を受けていない1人が、もう1人に声をかけ、俺にとってはなにもない場所を指差して顔を青くしている。
そして声をかけられた方も言葉を失っているが……どれだけ目を凝らしてもそこにはなにもない。
ブォン!
なにもない所から物凄い風圧を感じて思わず飛び退いてみれば、目の前をなにかが高速で通り抜けたような感じがした。
もう少し前に出ていたら頭を強打されていた感じ、かな?
なるほど、見えなくても攻撃はされるのか。
風を感じるってことは、見えていないだけで実態がありそうだ。
「敵は1体ですかね?どんな形に見えてますか?」
俺には妖怪が全く見えていないし、特別な力もないから、退治なんてのは出来ないだろう。
だけど、攻撃されるのなら逃げなきゃ倒される。
こちらの打撃が少しでも通るんならまだいいんだけど、こう完全に見えないんじゃあ望みは低い。
どうにかして逃げ切るか、親父とゆぅちゃんが来るまで時間を稼がないと……捕まれば渡部のような目に遭わされるのは目に見えてる……いや、見えてないのか。
あれ?
妖怪は見えてないのに、捕まった後を指して目に見えてるって表現するのってなんか可笑しい?
あぁ、いや。最高にどうだって良いことを考えてどうする。
やっぱり人間寝ないと駄目だな、緊張感があり得ない場所で切れてしまった。
「1体だけど、形は良く分からない……スライムみたいでもあるし、タコ?」
スライム?タコ……軟体動物的なものが1体いるようだ。
なら、さっきの風を感じた攻撃は、足の1本を振り回しただけと考えられるか。
あんなにも驚異的だというのに、攻撃ですらない可能性まであるなんて、見えないって怖いな。
この場に放置されている3人全員が無事にバス停の方に出るにはどうしたらいいんだ?
恐らくは、タコのようだと言われている敵を倒した所で帰れるわけではないなろうし、上に行った妖怪を呼びに行かないと駄目なんだろう。
だけど、このタコの妖怪?を呼び出した当人がタコより弱いとは考えにくい。
いや、でもあの妖怪なら目視できるからなんとかなりそうではあるか……物理攻撃が通ればトドメを指すことは無理でも、動けなくする程度なら。
それにはまず見えないタコをどうにかしないと……危険を覚悟して捕まってみようかな?
そうするとこっちも相手を捕まえることが出来ていると解釈することができるし、隙を見て目印みたいなのが着けられるかもしれない。
タコ自体は見えなくても目印を着ければ何処にいるのかだけでも知ることができる。
ただ、ちょっと不安なのは……いや、このままやられてしまうより、反撃の可能性が少しでもある方にかけてみるしかない。
「危ない!」
ブォン。
捕まることを覚悟して足を止めれば、危ないと声をかけられた。
だから後少ししたら宙づりにされてーとか考えていたんだけど、強風が通り過ぎたような音と風量を感じただけで特にどうにもならなかった。
見えていない相手には攻撃できない?
「うわぁ!」
そして捕まったのは1人の男。
宙づりにはされているようだが、それ以上のことは受けていないっぽい?
「わぁ!」
え?
もう1人も叫び声を上げて宙づりにされた。
タコは1体だけじゃなかったのか?
足1本で人1人を持ち上げられるほどの力を持っているとでもいうのか?
「あ、アンタはどうして捕まらないんだ?」
どうしてと言われてもな……。
「見えてないんだよ」
「ありえない……ここはこいつのテリトリー内だぞ!?何故見ずに済んでるんだ?」
テリトリー内って、なんだっけ?
「妖怪は自分のテリトリー内に餌を入れ込むことで、餌に自分を認識させるんだ。姿を見せることでやっと餌を食べられるんだよ」
あぁ、宙づりにされながらも分かりやすい説明をありがとう。
なら、その姿というのが見えたら、俺は妖怪にとって餌になるし、俺にとっては物理攻撃できる存在に出来るってことなんだろうけど、現状見えないんだからここにいても出来ることがない。
だったら、上に行った妖怪を連れてきてタコの攻撃を止めさせ、出口を出してもらった方が良いだろう。
「さっきの妖怪連れてくるから、それまで無事でいてね!」
階段を駆け上がり、1本道を走る。
そしてまた階段を駆け上がり、大きくジャンプして生垣のようなものを抜けた先には再び上に伸びる階段と、1段1段階段を上がっていく転校生達とさっきの妖怪がいた。
「おやおや、これはこれは貴方は小宮モリヤ様……」
まさか、生き残っているとは思っていなかった。と、そう言いたげな表情だ。
「今の所全員無事ですよ。そろそろ帰りたいのでね、出口、だしてもらえませんかね」
階段を上がる過程においてこの妖怪の強さを感じ取ってしまったからなのか、それともまだ名前を言った時の術から抜け出せていないのか、転校生達は大人しくしている。
その中で菊池ライは軽く俺に向かって首を振ってきているから、妖怪系専門の人からすれば、俺は今とんでもないモノに対して意見を述べているのだろう。
「こちら側に来てしまった。それを不運だったと諦めてもらいたいのですけど」
不運だったなぁーって、諦められるほど安い命はもってないんでね、しっかりと家に帰してもらう。
それに明日も……今日の夜からみっちろと依頼があるんだから、早く帰って寝ておきたいんだ。
少しでも!
寝れるうちに!
3時間だけでも!
「お断りです」