兄弟喧嘩 4
一応喧嘩してる最中だし、泣いてるし、全く顔を上げてくれないしで、俺は話しかけることもできず、ただただ正面に立ったままゆぅちゃんのつむじ辺りを眺めている。
「……」
妖怪を見る力、退治する力をゆぅちゃんは持ってるんだよね……なら、裏山の奥にある学校にも行けたりするのかな?
俺を助けてくれた妖怪が存在するのかどうかも、分かるのだろうか?
どの程度の力を持っているのかは、そう言えば聞いたことがなかったな。
見えるといっても、意識しなくても見えるのと「見るぞ」って気合入れないと見えないのじゃあ全然違うし……俺が半妖を見ることが出来たみたいに相手のテリトリーに入らないと目視出来ないってんなら、もはや素人レベルと言って良いだろう。
そもそも、自分が将来妖怪退治をするってことを知っているのかどうかも怪しい。
「助かりたいって……思ってくれよ……」
んー。
この様子だと何度も説得した後のようだから、その子は頑なに呪いにかかりたいと思って……いや、そんな子がいる訳ないよね……。
誰が好き好んで呪いにかかりたいんだよ。
修行の一環とか?
いやいや、俺はそんな危険な修行を教えた覚えも指示した覚えもないから、呪いをかけてる子も、かけられている子も親父の門下生かな。
だとしたら、俺が詳しい事情を知る訳ないじゃないか。
寧ろ俺だって初耳だし。
でも、そうだな……うちの修行者が呪いだなんて祓い屋とは真逆の所業を犯しているのは見過ごせないかな。
「ゆぅちゃん、呪いをかけてる子と、かけられてる子は特定できてるんだよね?」
ここに連れて来るより、俺達が帰った方が速いか。
「え……」
「帰るよ。道場にその2人を連れてきて。直接見てみるから」
危険がなさそうなら解いても良いよね?
それと、呪おうと思った理由についても聞いて、助かりたいとも思わなかった理由についても詳しく聞かないと。
「ま、待って、待って……え?」
帰ろうとゆぅちゃんの手を引いてみれば、酷く困惑したような顔で見上げられた。
家はマズイようだ。
この公園に呼び出す方が良いかな?
でも今日は夜遅いから相手はもう寝てるって可能性もあるし、明日の夕食後にでも呼び出してもらおう。
「明日の夕食後、ここに2人を連れてきて」
「待てって!そうじゃなくて!兄貴……ホントに分かんないの?」
え……と。
祓い屋だってのに、自分の敷地内で行われている呪いに気が付かないとは情けない話しではあるんだけど、本当に全く分からないんだよね。
いや、実際に門下生かどうかも分からないけど。
「俺の知ってる人、なんだよね?」
毎日顔を合わせている可能性もあるんだよな……呪いってのは相当なエネルギーが使われている筈だから、それに気が付かなかっただなんて、これは俺の修行不足だね。
「……俺!兄貴を従者にする気ないから!」
え……?
「えぇ!?」
なにを言い出すかと思ったら、本当になにを言い出すんだよ。
「生きた人間を従者とか、頭可笑しいだろ!」
うん、可笑しいとは思うんだけど、そもそも俺達は普通じゃないでしょ?
それに、今まで俺が生きていた理由を可笑しいとか言わないでくれないかな。
「俺はそのためだけに小宮家にいるんだよ」
それだけのために強くなったし、それだけしか求められていないし、望みもしていない。
ただ、学校にいる間だけは素でいられるから……友達と一緒に卒業したいだけ。
「やっぱり知ってたんじゃねーか!」
「もちろん知ってるよ。約束だからね」
あれは何歳の時だっけ?
いや、物心つく前から多分聞かされてたんだろう、俺は自然とゆぅちゃんの従者になるってことを受け入れていたんだから。
抗ったことも……あったけど、そのせいでゆぅちゃんの母親と妹を殺してしまった。
そうだ、俺は人殺しだ。
「いやだ……止めろ……その顔、嫌いだ」
え、なに急に。
顔が嫌いって、ちょっと酷くない?
あれ、俺が従者になるのは知ってたとして、呪いってのはなんの話しなんだ?
「それで、呪いにかけられてる子の話しはどこいったの?」
「え……えぇ……」
ん?
なに?
「明日、この公園で良いね?」
「いやいや、え?兄貴だよ?」
ん?
なにが?
「え?俺が連れて来いこと?けど相手知らないよ?」
「だから!呪われてるのが兄貴なんだけど!」
は?
「え!?」
え、待って、
呪い?
俺は誰に呪われてんの?
こんな分からないことってある?
不快感とか不自然な感じとか全くないんだけど?
妖怪を飛ばす感じの呪いとか?
いやでも呪いの時点で祓い屋の分野だから、少しでもなにかがあれば気が付く筈なんだけど、呪ってる子が俺よりも強力は術者だったなら、まぁ……。
それはそれで門下生に負けてるってことだから、情けない話に変わりない。
「兄貴が強くなって、強くなった時に死ぬ呪いだって聞いた」
あ、なんだそれか。
「それは小宮家と俺が交わした約束だよ。呪いじゃない」
そしてこの約束を確実に実行するために、俺の後ろにはゆぅちゃんの母が悪霊としてついているんだ。
「助かりたいって思ってくれよ!それだけで呪いは解けるんだから!」
助かりたい、か……何回か思ったことはあった気がするけど、今はゆぅちゃんが天寿を全うする時に俺も開封されたいとは心の奥底から願っているけど、従者になること自体は、しょうがないかなーと思ってる。
それが俺の存在理由だからね。
両親から捨てられて、小宮家に連れて来られた時に定められた俺の運命だ。




