兄弟喧嘩 1
高校3年の俺は、中間テストや期末テスト以外、すべての行事において“高校最後の”になる。
文化祭もそうだし、体育祭もだ。
更に体育祭は1年から3年までの全校生徒が赤組、青組、黄組の3グループに分かれて競い合うから、毎年酷い力の入れようだった。
そして俺にとっては高校最後の体育祭。
競技は短距離走、中距離走、長距離走から障害物競争やクラブ対抗なんて物もあって、棒倒しや二人三脚など目白押し。
中でも1番の見どころは、各グループ3年による応援合戦だ。
言ってしまえば自分のグループの応援をするという目的のためにされるパフォーマンスで、歌っても良いし、踊っても良いし、応援に該当する内容ならなんだって良い。
運動部員が中心となって色々考えているようだけど、衣装と看板と旗を作ってダンスをするというあらすじは結局毎年恒例だ。
因みに、3年生は全員参加と決まっている。
「モリヤー今日も第2体育館でダンスの練習だってよー」
準備期間がたっぷりと取られているのは、進級する生徒の自習時間の確保でもあるらしい。
まぁ、ここまでくれば学校でなんらかの全体授業を行うより、個別指導に切り替えた方が効率的ではあるのだろう。
俺なんかは卒業したら祓い屋と道場があるんだから進級なんて少しも考えなくて良いし、逆に進級を考えているなら学校の授業よりも教師に直接質問しに行ったりする方が良い筈だ。
そんな訳で、応援合戦が全員参加だとはいえ勉学に忙しい生徒は旗持ちとかであってダンスを覚える必要はない。
と、クラスメートによるルールが設けられている。
「振り覚えた?」
「なんとなく?でも前で誰か踊ってくれないと自信ないわー」
分かる。
「自信あるのなんて振り付け考えた人だけでしょ」
「モリヤは運動神経良いし、頭もそこそこだし、顔もまぁまぁだし……ほんっとブラコンでさえなければモテただろうに……後、時々死者みたいな形相にならなきゃな」
急に始まった友達による揶揄いに首を振ると、ちょっとした問題が起きていることを素直に話すことにした。
「ゆぅちゃんと、2日くらい前から喧嘩してるよ」
いや、俺が意識したのが2日前だから、本当はもっと前からゆぅちゃんの機嫌は悪かったのかも知れない。
「えぇぇぇ!?兄弟愛って言葉の擬人化みたいなお前らがぁ?嘘だろ!?」
なんだその例えは。
それに、兄弟愛なんてないからね?そもそも兄弟でもないし。
なら俺はブラコンではないじゃないか!
あれだよ、極度の心配性……いや、昔からユウトだけを守れって教育を受けてたから、どうしてもこうなるというか、他に大切な人を作りたくないというか。
それを思えば、こうして友達がいることもどうなんだ?とは思うんだけど、学校は家とは離れた場所だし、集団生活の場だし?俺らしくいられる場所というか。
まぁ、それももうすぐ終わるんだけどね。
「なんかすごく機嫌悪くてさ、どうしたのー?って聞いても無視するんだよね」
だから俺はこの喧嘩の本当の理由を知らない。
俺がムカッと来たポイントは、理由も言わない癖にブツブツ言ってることに関してだから……もし理由を聞いて、俺が悪ければ秒で謝る。
「弟が楽しみにしてたお菓子食ったとかじゃね?」
人が買ってきた食料に手を付けたら、怒られるのは当然でしょ?
「そんなことしません」
「えー?じゃあ……弟のジーパン勝手に洗ったとか?」
あー、ジーパン洗わない派って一定数いるもんね。
ゆぅちゃんがどうかは知らないけど、たまに洗濯カゴの中に入ってるから、違うでしょ。
「俺は洗濯カゴの中に入ってる物しか洗濯しないよ」
「イビキが五月蠅い」
イビキかぁ、確かに意識がないから五月蠅いのかも知れないけど、それで不機嫌になるようなことだろうか?
同じ部屋を共有しているならまだしも。
「部屋は別々だし、部屋自体も離れてる」
廊下を突き抜ける程のイビキの音量なら、流石に自分も起きるでしょ。
「他人の喧嘩の理由って大まかにすりゃ金か恋愛かだけど、身内ってなるとなぁ」
んー……。
親戚になるから、一応身内には入るか。
それに金銭的なことも、恋愛的なことも心当たりはない。
「レオならどんな理由で怒る?身内に対して」
「そうだなー……風呂上がりに食べようと思ってたアイスを食われた時とか?部屋を勝手に掃除されてたとか……雑誌勝手に捨てられるとか。後はなんだろ……テレビのチャンネルだな」
ゆぅちゃんの食糧には手を出してないし、部屋も勝手には掃除してないし、ゴミ箱の中に入っている物しか処理してないし……テレビは見ないしな……。
これだけたくさんのヒントをくれたのになにもヒットしないなんて、レオになんだか悪い気がするわ。
「今日、もう1回直接聞いてみるよ」
結局、これが1番の近道なんだろうな。
「原因分かったら軽く教えて。物凄く気になるから。んーでも意外としょーもない理由だと思うから、そんな心配しなくたって良いんじゃね?」
本当に、そうだと良いんだけどね……。
高校卒業したら破門でもなんでもしてくれと親父に言った後、親父はなにも答えなかった。
卒業まではまだ時間はあるけど、もし……卒業後そのまま従者にと考えられているのだとしたら、別に卒業を待たなくても良い。
第一、それを理由に小宮家で暮らすことになったのだから、遅かれ早かれ従者にはならなければならない。
俺の能力に伸びしろがなくなった時点……俺の人生で1番強い瞬間、後ろにいる母によって生命力を全て奪われる手はずになってるんだってさ。
最近鬼のような形相じゃなくて、少し微笑む時があったりするから、あーそろそろなんだなーとは思うんだけど、体育祭の途中とかは止めて欲しいかな……夜寝て、朝に起きないってのが1番自然だと思うから、頼んだよ?ゆぅちゃんのお母さん。
……伸びしろを少しでも増やそうかな?
どうやって?って話しだけど、なんの対策もなくただ待っているよりも、なにかしらの方法を探ろうとした方が気が紛れて良い。
「ん、理由が分かったら事細かく説明するよ」
「えっ!?生々しい理由ならあらすじだけで良いから」
生々しい理由って……一体どこまでがセーフでアウトなんだろうか?
でも、俺だって生々しい理由じゃない方が良いなぁ。
最終的には従者になるんだから、せめてそれまでは良好な関係でいたいと思うのは間違った感情でもない筈だし……それがそのまま役目を終えた後の扱いにも関係すると思う。
嫌だよ?
どっか適当な場所に封印されるとか、祀られるとかは。
ゆぅちゃんが天寿を全うした時、一緒におくってほしいじゃない?
だからそう頼めるような関係で、更にはその願いを聞いてくれるような良好な関係でいなきゃならない。
うん、喧嘩してる場合じゃなかったわ。




