肉体派の祓い屋 2
妙な空間に来てから少し大人しくしていると、石段の上から何者かが下りてくる足音が近付いてきた。
石段は遥か向こうの方まで延々と続いている、それが見えているのに、石段を下りてくる者の足音しか聞こえてこないというのは、不思議な感じだ。
女性はパニックに陥り、さっきから狂ったように透明の壁?を叩き、体格の良い2人の男性が数段先まで石段を上がって拳を握る。
ザワザワと木々が揺れるような音と一緒に落りてきた足音は突然パッとその姿を表してくれたので、そっちの正体はハッキリと分かって……同時に分からない方が良かった気もして……。
とにかく、上からとんでもないのが来たってのは間違いがない。
「おや、随分と大人数のお客様ですね」
ザァ。
吹き付ける風は誰の服も、髪の毛1本も揺らさずに激しく吹き荒れて、渦巻いて、絡み付いてくる。
「きゃぁー!」
女性は、今度は腰を抜かしてしまったらしく、座り込んでしまった。
いや、それはなにも女性だけではなく、前に立ってくれていた2人の男性も同じだ。
上からやってきたのは、妖怪だったのだから。
正確には、俺にも見えているから半妖かな?
「……お客さんって?招かれた覚えはないんだけど?」
人ではないもの相手なら、前に出るしかない。
俺は高校2年生のただの子供だけど、実家は祓い屋で俺も夜になると依頼をこなしている働き手。
たとえ妖怪系の才能が皆無であろうとも、ただの人間よりかは役に立つかも知れない。
「こちらの手違いで、数名間違ってお招きしてしまったようですね……」
間違って招いた?
なら確実に招かれている人がいるってことか?
だけどこの場にいる皆は等しく恐怖におののいているし、逃げようとしている。
「間違っているのなら、帰してくれないかな?」
出口が開いたらこっちのものだ。
「こちらは正当な手続きの元、対象者をお招きしているのですよ。失礼ですがお名前を」
やけにキッチリとした妖怪はメモ帳を捲りながら俺の名前を聞いてきた。
あのメモ帳に招いた人物の名前が記されているのか。
「小宮」
「フルネームでお願いします」
「小宮モリヤ」
ペラリ、ペラリと妖怪はゆっくりとメモ帳を捲って名前の確認を始めた。
何度もページを戻ったり、進んだりして何度も何度も入念に。
「小宮モリヤ様は、我等がお招きした人物ではありませんので、少しお待ちください」
ニコリとバス停の方を示されたので、階段を行ける所まで下って待つことにした。
「えーっと、ではそちらの方。お名前は?」
妖怪は、今度は体格の良い男性の1人に声をかけ、男性は少し躊躇った後、
「菊池……タツミ」
体格に似合わない小声で答えた。
ペラリとメモ帳を捲った妖怪は、にやりと笑みを零し、懐から1枚の紙を取り出して菊池に見せた。
「我が校にようこそ!これから我々について学んでいただきます」
菊池はどうやら招かれていたらしいが、当人には全く覚えがないらしく何度も首を振っている。
しかし妖怪が懐から出した紙にはそれなりの証拠が書かれているのだろう、激しく抵抗することはなく……いや、抵抗出来ないように動きを封じられているのか?
「そちらの方、お名前は?」
妖怪は体格の良いもう1人の男に名前を尋ねた。
「……も、森山……ライ」
何を基準にして招かれているのか、また、招かれた者がどうなるのか、この階段の上に学校があることはなんとなく分かったが、そこの生徒として通うというのなら、招く基準は妖怪かどうか?
けど、ここに集められているのは人間だ。
くそ……ここにいるのが俺ではなくてゆぅちゃんだったら良かったのに……。
「おやぁ?可笑しいですね?貴方、何故ご自分の名前を偽るのですか?」
この妖怪は少々性格が悪いらしい。
「き、菊池……」
「フルネームでお願いします」
分かっているくせに、フルネームを言わせたいのか。
名乗らせることで何かの術にかけている?
招かれている者は名乗った時点でその術にかかり、逃げ出せなくなる?
「菊池……ライ」
この男も菊池というのか。
ペラリ。
「我が校にようこそ!これから我々について学んでいただきます!我々は貴方達兄弟を心よりお待ちしておりました」
ジリジリと後退っていた菊池だが、名乗った瞬間にはピタリと動きを止め、同じように動けなくなっている兄?弟?を見ていた。
双子でもなさそうなのに同じ年に入学ってのは不自然ではあるんだけど、この上にある学校は普通の学校とは違っているのだろうから、深く関わらない方が身のためだ。
そもそも俺は妖怪系に関する才能が全くないのだから、関わっては駄目なんだろうとも思う。
だったら、何故石段が見えた?
石段が現われる前に感じた霊気は……ここに来てからは一切感じられないから、もしかして霊気と石段は別の案件?
「次に貴方、お名前は?」
妖怪に名前を聞かれた女性は口を閉ざし、真っ青な顔をして小刻みに首を振っている。
答えたくないという意志を感じさせる態度だし、この女性は初めから逃げようと必死になっていた。
それはただ情緒不安定という訳ではなく、この先にある学校がどういう場所なのかを知っているから?
「この上にあるのは男子校でしょ!?私は女よ!帰して!」
どうやら男子校があるようだ。
やはりこの女性は詳しく知っているんだな。
「ご安心ください。在学中は全寮制ですが、卒業後は自由ですので」
入学したら最後……なんてことはなく、ちゃんと卒業できるのか。
でも、この女性がどうして男子校に招かれているんだ?
「い、いや……」
そりゃ嫌だろう。
「ちょっと、良いですか?男子校なんですよね?女性が入学できるんですか?」
この妖怪がどれだけ強いのかも、どんな能力を持っているのかも知らないし、1度攻撃を受けなければ図ることもできない。
だからこそ、敵意を向けられていないうちはこの中の誰よりも強気な姿勢でいられる。と、思う。
確認した訳ではないけど、この場にいる皆はゆぅちゃんと同じ妖怪系の人達だ。
「小宮モリヤ様、ご安心くださいませ、この方は男性でございます」
え……?
「本当に?」
じっくりと女性を見るなんて失礼だとは思いつつ、男性だと言われてしまうとじっくりと見ずにはいられない。
だけど、何処からどう見たって女性に見える。
「どれほど完璧に変装されたとて、貴方様という個が変化する訳ではありません。さあ、貴方のお名前は?」
どうやら、1度目を付けられてしまうと変装程度では逃げられないらしい。
でも、それはそうだ。
いくら外見を変えようとも、その人の魂が変わる訳ではない。
「ふ、ふざけんな……誰が、誰があんなバケモノ学校に行くかよ!」
大声で怒鳴った声は、急に男性的だ。
完璧な女装をしてまで通いたくない学校……バケモノ学校?
「……少しばかり、言葉が過ぎたようですね」
妖怪がそう言い終えた直後、目の前に立っていた筈の女性……ではなく男性は大きく宙に浮かび上がった。
俺には見えていないが周囲の反応からすると、どうやら妖怪による攻撃かなにかを受けているようだ。
「離せっ!下ろせよ!」
バタバタと手足を動かしている男性は、自分で名乗っていないからなのか菊池兄弟のように動きを制限されていないが、それでも宙に浮かべられてしまうとただの人間にはどうしようもない。
そして、なにも見えていない俺には男性を見上げていることしか出来なくて、その男性が着ていた女性物の上着が何故ヒラヒラと落ちてきているのかも分からない。
だけど、こうして上半身があらわになった姿を見ると、本当に男性だったんだなぁと……。
「な、なに……やめろっ!お願い、やめて……下さい……ごめんなさい……」
見上げていると男性は特に攻撃を受けている風でもないのに行き成り降参だと言わんばかりに頭を下げ、さっきまでの勢いが嘘だったかのように謝罪している。
そして周囲にいる人達も男性から視線を逸らしたり、妖怪を睨んだりと様々な反応をしていて……なにか攻撃はされているようだ。
「謝罪を受け入れましょう。では、お名前を」
「お願いだ……それだけは、許し……ぐっ!」
ん?
「仕方ありませんね、では貴方は最後にしましょう」
クルッと妖怪が後ろを向き、他の人のもとに向かい、名前を聞いた。
「……水野……サクラ、です……」
まだ宙に浮かされたままの男性を見上げた水野は、項垂れながら自分の名前を発表した。
「水野サクラ様は、我等がお招きした人物ではありませんので、少しお待ちください」
あ、見えているからと言って全員が招待を受けてる訳じゃないんだな?
でも、学校というのだから、ここにいる全員受験したんだよな?
合格発表で合格といわれているのに、何故絶望した表情なのだろう。
確かに、妖怪と一緒に学校に通うのだから不安は大きいのか……いや、ならどうしてこの学校を受験したんだ?
考えてみると「お招きした人物」って言い方も不自然だ。
それに……そうだ、受験というには時期が可笑しいから転校?にしたって自分でここを選んだんじゃないのか?
「見てんじゃ……ねぇ」
見上げたままでいると目が合って、途端に睨まれた。
まるで首を絞められているような声で見るなと言われても、人間が宙に浮いている風景は珍しいからついつい見上げてしまう。
どんな攻撃を受けているのかが見えているのなら、皆と同じように顔を背けることは出来たのだろうけどね。
「そこ、静かに」
「うぐっ」
妖怪の指示と同時に、口を塞がれたようなくぐもった声を漏らす男性の口は、音に合わずに大きく開いている。
あの状態で声を出すとつつがなく声を発することができる筈だが、くぐもっているということは、口の中に何かが入っている状態?
「……」
全くなにも見えないんだけど、ただごとではない様子が窺い知れる……それにさっきまでにはなかった傷が体についている。
ここにゆぅちゃんがいたら見えるんだろうな……いや、もし俺の想像している通りの光景があそこにあるのだとしたら、俺はきっとゆぅちゃんの目と耳を全力で塞ぐのだろう。