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鬼がいる町  作者: SIN


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19/35

幸せな家族 2

 普段よりも少し遅い時刻に帰宅したユウイチ様と、玄関に出迎えている何人かの門下生。

 私は門下生用の寮にある食堂にいた。

 食事が終わった後のこの時間は静かなもので、後片付けしか残っていない食道に近付く者はいない。下手をすれば手伝わされることになると知っているからだ。

 それなのに、足音が近付いてきた。

 歩いている感じではなく、走っている。

 そして音が軽いから……子供……モリヤ様?

 「お願い!ここにいていい!?」

 酷く慌てた様子のモリヤ様の息は上がり切っている。

 だけど可笑しい……訓練を重ねているモリヤ様がここまで息を切らせるだなんて、どれだけの運動をしてきたというのだろう?

 夕食も終えた後のこんな時間に?

 よく見ればランドセルを背負っているし、手には体操袋と給食袋まで。

 家出?

 ここも小宮家の敷地内だけど……。

 「どうされました?」

 「聞いて!大丈夫じゃないことが起きたんだよ!」

 つまり、大変なことが起きた訳ですね?

 普段自己主張のあまりないモリヤ様がここまで慌てるなんて相当なことが起きたんだろうから、気の済むまでここにいてもらおう。

 こうしてモリヤ様はその日、私が前に使っていた部屋で一夜を明かし、学校に行く準備を整えると門からではなく塀を飛び越えて登校した。

 走っていくその後姿を見送り、完全に見えなくなった所で中庭に移動してみて完全理解。

 小宮家の人々と大型犬が2匹いる。

 「おはようございます……この犬はどうされたのですか?」

 尋ねてみると、キラキラとした笑みのユウカお嬢様は興奮気味に教えてくれた。

 「犬じゃないよ、ポクタロウと、カンタロウ!ニィニがつけたんだよ」

 へ、へぇ~……。

 だからどうして!?

 「昨日モリヤが寮で休んだと聞いている。あの子は今どこだ?」

 呼んで来いと?

 ならばその犬を繋ぐか避けるかしなさいよ。

 とは、言えないか……。

 「モリヤ様は先ほど登校されました」

 アンタらがここにいるせいで、決して低くはない塀を飛び越えて登校されましたよ!

 犬に追いかけられて怪我をした直後に、成犬の大型犬を2匹連れて来るって神経可笑しくない!?普通に考えたらトラウマになってるかもだし、先にメンタルケアとか必要じゃない?

 犬を飼うにしても小型犬とか、子犬とか。あったでしょ?もっと他の選択肢が!

 「既に登校した後か……」

 「あら、そうなの……。あの子感情が乏しいじゃない?ふふ、それが昨日、犬を見た瞬間泣いたでしょ?もう嬉しくて!また泣き顔が見たかったのだけど、残念ね……」

 モリヤ様が泣いた?

 それが嬉しい?

 は?

 「兄ぃちゃん学校行ったの?僕は?」

 さっさと行けよ、学校に!

 あー……ユウト様には多分悪意も悪気もなにもないんだ。

 「ユウトを置いて1人で行くなんて、悪いお兄ちゃんねー」

 「ねー」

 そしてユウカ様にも。

 「師匠、お客様です」

 最高に居心地が悪くなった庭に、1人の門下生が来客を告げた。

 「誰だ?」

 「新田様です」

 新田……新田!?

 それ、あれでしょ?ユウイチ様の妹さんが嫁いだ先の苗字だよね!?

 モリヤ様を迎えに来たのかな?

 それだと良いな……犬を見て泣いているのに、それを嬉しがっている人間のいる場所にいるべき方じゃないし、本当の家族のもとで、幸せに過ごされるべきなんだ!

 そりゃ、私は少し寂しいですけど、それよりも幸せになってほしいという思いの方が大きい。

 「分かった、通してくれ。ユウト、気を付けて行ってくるんだよ」

 その後、どんな会話がされたのかなんて私の知る由もないけど、しばらくすると庭にユウカ様を連れたユイ様と、見知らぬ子供を1人連れた見知らぬ女性が1人出て来た。

 この場にいるというのだから、新田家の人間であることは確かで……。

 「こんな小さなうちからお見合いだなんて、兄は相変わらずのようね」

 「ユウイチさんは当主としての責任感を人1倍感じているのよ」

 なるほど、今日はユウカ様とその子のお見合いってことで……あの方がモリヤ様のお母さん?

 噂によればモリヤ様の力が怖くて小宮家に押し付けたってことになってるけど、もし恐れているのだとしたら、こうしてここまで来るものだろうか?

 「はぁ、良かったわ、この子に妖力の才能があって……」

 良く分からないけど、妖力の才能がなければ良くない事があるようだ。

 「大丈夫よ、もう候補がいるんだから例え妖力も霊力もない子だったとしても問題ないわ」

 候補?

 「そうね、ならそっちに霊力があって良かったわ」

 と、2人の女性は優雅に笑い合っている。

 話しの流れ的に跡継ぎ候補とかではなさそうよね……それなのにモリヤ様のことだと分かるから、なんだか物凄く嫌な予感がする。

 そこから推測すれば、先に言っていた“良くないこと”が小宮家に連れて来られることなのだとも想像がつく。

 そして、その良くないことが起きてしまったモリヤ様に対して、特別な感情がないということにも。

 そりゃそうだよね……今まで1度たりともモリヤ様を訪ねて来なかったくせに、妖力があって良かったと、妖力のある子供を大事そうに抱えてユウカ様とお見合いするためだけにやって来た。

 しかも、モリヤ様のことを“そっち”って言った?

 もうやだ、この人達……いや、この一族……いや、モリヤ様以外の……いや、この一族の大人達!

 モリヤ様もユウト様もユウカ様も、なんならそっちの妖力があって良かった子も皆連れて何処かに行ってしまいたい。

 もっと子供らしく過ごせる場所に。

 学校が全寮制なら良いのかな?

 うんそれだ。

 ユウト様とこの妖力があって良かった子には妖力の才能があるし、モリヤ様とユウカ様には霊力がある。

 なら、一般的な学校では絶対に教えてもらえないような、そういう……なにか超能力的な?そんな専門学校があればユウト様も、モリヤ様も、ユウカ様も、そっちの妖力があって良かった子も通うんじゃないだろうか?

 そんな学校がもし全寮制なら、少なくとも学生の間はモリヤ様は自由だ。

 でもなー、そんな都合のいい学校なんかある訳ないよなぁ……。

 はぁ……。

 そう言えば、あの妖力が合って良かった子って新田家の子なのよね?

 ってことは、モリヤ様の弟にあたる方になるのかぁ。

 あまり似てないな。

 モリヤ様の方が数万倍可愛らしいわ。

 新田家の人達は思った以上に長居し、学校からユウト様が帰ってきてもまだワイワイと騒いでいた。

 親戚同士の集まりというのだからお酒が進むのだろうし、それは別に良いんだけど、なにか恐ろしいことを企んでいるのではないか、だなんて……縁起でもない。

 「僕はユウトだよ。ユウカのお兄ちゃんなんだ」

 ユウト様は初めて見る、新田家の妖力が合って良かった子に対しても臆することなく接し、それで話しやすくなったのかなんなのか、ユウト様とユウカ様、そして新田家の妖力が合って良かった子は3人で中庭に出て遊び始めた。

 どうやら、新田家の子はハヤテというらしい。

 「ユウカはにぃちゃんがいていいなぁ」

 もうこのセリフだけで、新田家ではモリヤ様の話題が出ていないことが伺えたわ!

 嘘でしょ?

 兄がいるってことすら教えてないわけ?

 「良いでしょ~2人いるんだよ。ホラあそこ!」

 機嫌を良くしたらしいユウカ様は、ビシッと門下生の寮の方向を指差し、その先には登校した時同様、塀を飛び越えて帰宅したばかりのモリヤ様がいた。

 「え……っと……?」

 状況がいまいち分からないモリヤ様は、塀の上から降りても来ないで考え込んでしまっている様子だ。

 「忍者だ!僕、新田ハヤテです!5歳です!弟子にしてください!」

 ハキハキと自己紹介するハヤテ君は、ジリジリと塀の方に近付いている。

 忍者ではなくて正真正銘君のお兄さんだから!

 「んー……小宮、モリヤだよ。忍者じゃないから弟子にはできないなぁ」

 ポンと塀から飛び降りたモリヤ様と、その瞬間駈け寄るハヤテ君。

 少し屈んでそれを受け止めて抱きしめたモリヤ様と、ふくれっ面のユウト様。

 どうやらユウト様はあんな風に抱きしめられたことはないらしい。

 しかし、平和な時間というのは無情にも短く、2匹の犬が庭に乱入した。

 さっきまでは小宮家の住居の方にある中庭に繋がれていたというのに、何故急に?と疑問に思うまでもない、ユイ様が犬を連れて来ただけだ。

 「お帰りモリヤ。朝は黙ったまま登校するなんてどういうこと?可哀想に、ユウトは1人で登校したのよ?」

 ユイ様の気分を表しているかのように、2匹の犬も低く唸り声を上げている。

 そしてユウト様もふくれっ面のままだ。

 「い、犬!?」

 いち早く犬に対して反応を示したのは意外にもハヤテ君で、あろうことかモリヤ様の後ろに隠れてしまった。

 「ハヤテは、犬が怖い?」

 本当は自分も怖いだろうに、ゆっくりと尋ねているモリヤ様は、犬からハヤテ君を隠すようにして立っている。

 「うん、コワイ……追いかけられたことがあって……」

 ハヤテ君、そのままそっくり同じ恐怖をモリヤ様は一昨日経験しているんですよ!

 恐怖度合いで言えば同じ位なんですよ!

 「犬じゃなくて、ポクタロウとカンタロウだよ。ね!にぃに」

 ユウカ様は、犬が怖いと言っている人物と放し飼いにされている犬を前にして気になったのは犬の名前と、名付け親についてのようだ。

 「知らないよ!犬は犬だろ!?」

 声を震わせながら講義するハヤテ君は、モリヤ様の背中に引っ付いて離れない。

 「ハヤテ、俺が犬を引きつけておくから、その間に家の中に入るんだ。良いね?」

 あ……モリヤ様の一人称って、“俺”だったのね、初めて知ったわ……それだけ自分の話しはしてこなかったってこと、だよね?

 しかも、口調もいつもとは違って少し頼もしい感じで……もしかすると、モリヤ様はハヤテ君が弟であることに気が付いたのかも知れない。

 「分かった……」

 ジリジリと家の方に歩みを進めるモリヤ様は、背中側にしっかりとハヤテ君を隠している。

 そして2匹の犬はそれに合わせるように唸り声を上げながら体制を変えていく。

 この犬はなんなの?

 普通動物って心の綺麗な人には優しいもんじゃないの?

 どうしてこの場における天使2人に対して唸るわけ?

 本当は走りたいだろうに、ゆっくりと歩きながら家の方に向かって1人で移動を始めたハヤテ君。

 しかしそんな初歩的な対策は取らなくても良かったんじゃないかと思う程、2匹の犬はモリヤ様にだけ敵意を剥き出しにしている。

 いや、ちょっと待てよ……犬って怖い時も威嚇するっけ?

 いやいや、この場においての天使に対して恐怖心を抱くのか意味不明だから……ユイ様が“ヤレ”みたいな指示を出してるとか?

 「にぃちゃんも早く!」

 家の中に避難できたハヤテ君は、2階の窓を開けてそこから声をかけてきた。

 すると、ゆっくりと顔を上げたモリヤ様は、見たこともないほど穏やかに微笑んだ。

 「そこ、開けたままにしててね」

 え?

 と思うよりも早くに走り出したモリヤ様は、家の壁を蹴り上げ、腕を伸ばし、ヘリを掴みながら壁をよじ登り、2階の窓から家の中に入って行かれました。

 そして家の中から聞こえて来る、

 「忍者だ!師匠!」

 ハヤテ君の声。

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