生命力の維持 7
見えなくても音だけは聞こえてくるもので、まるで時代劇の戦闘シーンみたいな金属がぶつかるような音が軽快に聞こえてくる。
戦いが始まってからは3人の青年たちのおしゃべりもないから、どんな戦局なのかは分からない。分からないけど、壁が壊されたのは最初の1度きりだから妖怪は壁を攻撃する余裕がないんだろうと伺える。
さっきまでは俺1人でどうやって対処したら良いんだろうって思ってたけど、妖怪専門の祓い屋が来てくれて本当に助かった……いつかゆぅちゃんもこんな風に誰かの助けになれるようになってくれたら良いな……。
ちゃんと一人前の祓い屋になって、皆から頼りにされる、そんな人になってほしいよ。
「フッ……」
あー、駄目だ集中しないと精神力が持って行かれる。
そうだ、折角今は壁の消耗もないんだから精神力を回復させるために立ちっ放しじゃなくて座禅を組もう。
後はお線香……いや流石に手を離すのは危険だから止めて経……は、ここから事故現場は近いから止めた方が良さそうかな。
ズゥゥゥゥゥゥン。
なにか、物凄く大きなものが崩れるような音が近くで聞こえて、その瞬間に空気の圧力が一気に軽くなるのを感じた。
「小宮さん、でしたっけ。終わりましたので俺達は帰りますね」
本当に倒したのか。
声の感じからすれば大した怪我もなさそうだ。
「これ建て直すまでアンタがここを防ぐのか?」
まぁ、そうなるかな。
「そうだね」
「え、無理じゃね?」
確かに建て直すってなれば1日じゃ無理だから数日ってことになるし、壁を出してる間は生命力も削られてる状態だし、睡眠もとれない。
でも他に出来る人がいないならするしかないんだ。
それがまた精神の鍛練にもなる。
まぁ、他にも大勢祓い屋はいるんだから、出来ない人がいない訳ないんだけど、この依頼を受けたのが俺だから最後までちゃんとしなさいと言われればするしかない。
「無理とか言うな!えっと……あ、俺達朝までここ見張っとくんで、ちょっと寝てください。なんか来たら起こします。ほら、俺達妖怪も幽霊も見えますし安心でしょ?」
「お前は幽体見えねーけどなっ」
「俺っていってないしー。俺達っていってるんだから嘘じゃないしー」
確かに、それは安全だ。
「では、少しだけ……お願いします……」
「あ、今すぐ寝るんだ……」
ガクンと一気に体の力が抜けて、目を開けることもできずにそのまま意識が遠くなっていく。
だけど大丈夫、幽体と妖怪が見える人達が3人そろって見張ってくれると言ってるし、この3人は妖怪を倒した実力者。
任せて大丈夫だ。
少しだけ意識が浮上した時、ポンポンと背中を一定のリズムで叩かれていることに気付いて、それと同時にまた意識が落ちて。また浮上しては落ちて。
それを何度か繰り返した時、声が聞こえた。
「食う?昨日の残りもんだけど」
「食う。お前の兄のせいで動けないからな」
「トイレは?」
「さっきまで2人で交代しながら見てたからな、大丈夫だ」
えっと、ゆぅちゃんの声とトキって人の声?
え、どうしてここでゆぅちゃんの声が!?
「うっ……」
勢いよく目を開ければ、闇に慣れていた目に太陽の光が染みた。
「起きたか。どうだ?気分は悪くないか?」
気分は……まぁ悪くないかな?よく眠れた感じもする。
「悪くはないよ。ありがとう……あの、どれくらい寝てた?」
朝にしては太陽の位置が可笑しいし……。
「そうだな……トウがバイトの時間だと去って、ミオリが講義の時間だと大学に行った位だな」
つまり……どれくらい?
あ、でもゆぅちゃんがここにいるってことはまだ学校が始まるような時間じゃない……訳ないね。太陽はほとんど上にあるんだからお昼前だよ。
「学校、なんで行かなかったの?」
「あぁ、それは俺が呼んだ。一応身内には連絡いると思ってな、スマホの電源勝手に入れさせてもらった。したらコイツから鬼のようにメッセージきてたから呼んだんだ」
なんてことを……。
「親父にちっちゃい建物壊れてるって連絡入れたから、すぐに建築の人がくるってさ」
ちっちゃい建物……建築の人……。
「コイツ、今日の夜には家に帰れるのか?」
「え?兄貴歩くの遅くないけど?」
地味にかみ合ってないような会話が楽しいよ。
「完全に建つまではここにいるつもり。昨日みたいなのが来ても怖いしさ」
別に役に立たないからいらないとか思われてるんだろうけど、イザって時の為に準備は大袈裟なくらいの方が安全でしょ?
ここを突破されたら駄目だから結界があるんだろうし、死守しないと駄目なんでしょ?
「そうか……そうだ、俺達は幽体も見えるが討伐は妖怪専門だ。ここに来る敵が幽体であった場合には力になれない」
なるほど……幽体が結界を攻撃する程好戦的になるのは丑三つ時だから、そこは注意しないと駄目ってことだね。なら俺からも1つ。
「妖怪が出た場合、昼間でも君たちは戦いに来てくれる?」
「……そうだな、妖怪退治屋は俺達以外にもいて、そいつらはグループに分かれて交代制で毎日パトロールしてんだ。だから妖怪が出れば誰かは必ず討伐に来る。何時であってもだ」
なんだか連携がしっかりしてるんだね。
俺達は個人で依頼を受けてそれをこなすだけだけど、妖怪退治の方は組織っぽいよ。
その上で交代制なんだからコンディションも良さそうだし……良かった、将来ゆぅちゃんがなるだろう妖怪退治の世界はホワイトだよ。
「ありがとう、かなり安心できたよ」
「それは良かった。じゃあ俺もそろそろ帰る。バーガー、ごちそうさん」
こうして初めて目にする妖怪退治を専門とする青年たちと出会って、なんだかホッとした。
あらゆる面でホッとした。
将来のゆぅちゃんが消耗品のように使われることはなさそうだってことと、妖怪が現われた時には退治する人が駆けつけてくれるって安心感。
これは親父にも共有しておいた方が良い情報だ。
で、問題が残っているとするなら俺の隣で冷えたバーガーを食べている現在のゆぅちゃんだ。
「今からでも学校に行ってほしいんだけどなぁー」
「初対面の人の膝枕で寝ないでほしいんだけどなぁー」
え?
俺膝枕で寝てたの!?
え?
嘘でしょ?
その状態で昼近くまで寝てるとか物凄く迷惑じゃないか!
「……背中ポンポンとか、されたりしてた?」
「してた」
嘘だ……いや、背中ポンポンは夢うつつ覚えてるけど……。
まさかゆぅちゃんに見られてるとか思ってなかったよ。
「いやいや!それと学校とは全くの別問題だからね?今から行けば4時間目くらい?」
いや、昼休み位かな?
「いーじゃん、1日位。明日はちゃんと行くから」
はぁ、もう完全に腰を下ろしちゃったよ。
こうなるともう駄目だね。
けど、まだ今が午前中で、急いでいけば2時間目に間に合うとかだったらもっと強めに言えるんだろうけど、今から急いでも5時間目じゃあ、もう良いかなって、俺でも思うし。
「約束ね」
「ん、約束」
明日は学校に行くと約束をしてスグ、親父が祠……ちっちゃい建物を建て直すための建築士を連れて来た。
どうやらかなり重要な結界だったらしく、立派な祠を建て直す傍ら、プレハブ小屋の小さいバージョンみたいな即席のちっちゃい建物が作られ、そこにお供え物とか手のひらサイズの丸い石が置かれ、何人かの結界士が後からやってきて儀式を行い、結界の張り直しが完成したようだった。
思ったより、かなり素早い修理に少しだけ……いや、ホッとした。
うん、ホッとした。
その後は迷惑をかけたからと俺の精神力を結界士達の従者が吸い取っていき、それぞれの主人に生命力として提供。
それでも俺の精神力がもともとそんなに残っていなかったせいで足りないと言われ、ゆぅちゃんの精神力まで奪われてしまった。
少し顔色の悪くなったゆぅちゃんと、怒りを噛み殺しながらゆぅちゃんをおんぶして帰路に就く親父。
今更だけど言いたいんだけどさ、祠が壊れたのは俺のせいなの?
あれは俺のせいになるの?
あぁ、駄目だ、今なにか考えると精神力が0になる。
でももう1つだけどうしても思いたい……ここまでギリギリ……根こそぎ持ってかないのが普通じゃないの?
バーサーク状態にして暴れさせたいわけ?
で、俺の悪評をなにも知らない一般人に流して、目撃させて小宮家への信頼を落とそうって魂胆ですか?
それでゆぅちゃんにまで手を出すなんて許せない。
親父も親父だ……結界士をあんな人数連れてくる必要性は?
儀式中少しも働いてない奴が何人かいたのを知ってんだからな?
そんな奴が、普通の顔して、当然のような顔でゆぅちゃんに……。
だから駄目だって……。
誰もしゃべろうとしない、静かな帰宅。




