プロローグ
初めまして。
新連載です。
この話は、振られたその日から加速する日常です。
僕は、自分の気持ちを相手に伝えることが苦手だった。
自分という人間を伝えるのも。
「へえー、ごめん。ムリ。」
それは、興味がなさそうな、冷たい声。
拒絶の意味を含み、僕の顔は歪んだ。
・・・・・・・・・・・・噓でしょっ!
ガクッと、膝から崩れ落ちる僕。
地面で手を汚しながら、僕の中の気持ちが期待から、絶望に変わったのが分かった。
「・・・・・・な、なんで、か・な?」
自然に出た言葉。一言で切り捨てられただけでは、納得のいっていない自分が居た。
傷つくのが解っていたとしても、教えてほしかった。
それなのに、さくらさんにとっては違ったようで、何で分からないの?という視線を感じた。
「何でって、そりゃあ、釣り合ってないじゃん?」
「・・・・・・」
「あたしさぁ、人の外見どうこう言うのあんまり好きじゃないんだけどさぁ、千堂だっけ?一旦鏡見てきた方がいいよ。」
「現実は、しっかり受け止めないとぉ。」
それは、当たり前でしょ?というように、端からお前には言葉に出す資格すらないのだと、言われたような気分だった。
こんなにも、刺さる言葉があるだろうか。
こんなにも、傷つく言葉があるだろうか。
必死に探すけれど、例え他の誰かに同じことを言われても、たぶん、こんな気持ちにはならないと思う。
どこかで、淡い期待をした自分がバカだったのだ。
初めから結果など解っていたはずなのに…名前すら…
それは、ひとえに彼女の事が好きだから。
「…そ、そうだよね。」
必死に言葉を絞り出した。
「き、貴重な時間をかけさせて、ご、ごめんねー。…あは、ははは。」
「ん。あっそ、バイバイ。あ、あと、一応言っとくけど、気まずいからもう話しかけないでねえ。」
「そんじゃあ」
「……あ、う、うん。」
彼女は、最寄りの駅の方へ歩いていき、姿が見えなくなると、
ポタっ。
ポタっ。
ポタっ。ポタっ。
頬を伝うモノが、とめどなくあふれかえった。
「ふぐっ、ふぐっ、スっ、ズズっ、ああああ!ううう、うわああああ――――――――」
僕は、その場で泣き崩れた。
失恋を否定したい幼い子供のように。
※
僕は、クラスの女子に一世一代の思いを伝えた。
しかし、帰ってきたのは適当に虫をあしらうかの様な言葉。
そして、振られた理由は、変えようのない容姿。
「何故だ!」なんて、言えない。言いたいけど…それは、分かっていても悲しかった。
今更嘆いたって、結果は変わらない。
振られるどころか、絶交までされたんだ。
これが意味するものは、――――…考えたくなかった。
気づけば、辺りはすっかり茜色に染まっていた。
帰るか。そう思って、立ち上がろうとするも、上手く足に力が入らない。
どうして?
何てのは分かっている。それほど、体力を使い切るほど泣きはらしていたのだろう。
今や、涙の一滴すら出ないぐらいに、瞼は腫れ、目が充血している事だろう。
自分の容姿をこれほど呪った日は無いだろう。
生まれてこの方、自信がなくても、嫌になることはなかったというのに。…それこそ、虐められていたとしても。
手の甲で、涙を拭う。
僕は、気持ちの整理ができていないまま力を振り絞って立ち上がると、トボトボと家へと足を向けた。
一歩また一歩と踏みしめる度に、肉体と精神的疲労が全身に伝わる。そのせいか、普段あの場所から二十分も掛からないのに、すごく遠い道のりに感じる。
※
どれほど歩いただろう。
体力はとっくに尽きて、疲れ切っているはずなのに、いろいろな道をぐるぐると回っては、家に着く。しかし、それでもなおまた新しい道に彷徨う。
家に帰っても、何かが待っているわけでもないのに、気が晴れず、ずっと歩いていた。
これで、七周目。
別に楽しくなんかない。
ただ、一人でいたいだけなのだろうと思う。
そう思っている時だった。
今、歩いていて、初めて人に会った。
七周目だけれど、すっかり辺りは夜を迎えていたからだった。
見れば、電柱にしがみつき、泣き崩れているようだった。
ああ、あなたもか。
しかも、僕と同じ高校の制服を着ている。
一瞬、声をかけようか迷ったけれど、特に知り合いでもない僕に話しかけてほしくもないだろうと思い、その場を立ち去ろうとするが、通りかかるとき、完全に目が合った。
――――茶髪ポニーテールで、白を基調とした制服を着こなし、整った顔立ちは、どこか人に好かれそうな印象を受ける。僕は、その女子を知っている。古賀さんだ。
古賀さんは、僕の隣の席の女子で、こんな僕にも優しくしてくれた数少ない人だ。僕が、人と話すのが苦手と分かってくれていて、それでも僕が退屈しないように話しかけてくれた。
だからだろう。
自分も心がえぐられたように悲しくても、話しかけようと思えた。
それで、古賀さんの泣いているものが絶望に突き付けられないように。
「あ、あの。古賀さん、だよね?」
僕は、歩みを止めて言った。
「・・・・・・。うん。」
彼女は、どこか気まずそうに答える。
「ど、どうしたの?こんな所で?」
僕の言葉は、さっき振られた奴とは思えないほど落ち着いていた。
僕も男なら、泣いている女の子をほっとけないとも思ったのか。
「・・・千堂君か。千堂君こそ何で?」
質問を質問で返された。答えたくないなら、無理に泣いている理由を聞くこともない。
「・・・僕も、少し歩きたい気分になってね。」
そういえば、「そっかあ。」と漏らした。
「フフッこんな姿、誰にも言わないでね。」
自分をあざ笑うかのような微笑。
同族嫌悪と言う物なのか、それが、どうも引っかかる。
「・・・言いませんよ。僕も似たようなものでしたから。」
彼女に、何が起きたのか分からない。
けれど、弱気な古賀さんは初めてだ。
「何かあったの?」
そう聞いてくれる古賀さんは、やっぱり優しい。
「いや、うーん。ただの、失恋です。」
言うか考えたが、話してしまおうと思った。彼女なら、変に言いふらすこともない。
そして、それをしっかり理解している。
思った以上に驚いていた。
なんたって、僕は、古賀さん以外の女子と一か月に一度話すかどうかの人間だから。
「へ、へえー。意外だなあ。千堂君も恋愛に興味あったりするの?」
「あ~、まあ、人並みには?」
「って、それより古賀さんも失恋ですか?」
途端、彼女の顔から笑顔が消えた。
俯いて、思い出したみたいに、また泣き出してしまった。
「ぐすっ、ズっ、」
鼻を啜る音
だんだんと顔をゆがめて、
「うわああああん。ぅあああ。ぐすん。お父さんのバカ,お母さんのバカああああ!」
夜だから、その叫びは良く通る。
そんな彼女を見てか、自然と俺の手は伸びて、彼女の背中をさすっていた。
それは、長い間続いて――――
やっと落ち着いたのか、しっかりと向き合う。
「・・・ありがとう。」
「どういたしまして。」
そんな言葉を交わす。
彼女の顔からは、出会ったときの余裕がなくなっていた。
「・・・・・・。私はね、失恋なんかじゃないよ。・・・ただ、・・・親が、いなくなっちゃった。」
その時の表情は、何かいつもと違う笑顔だった。
・・・・・・僕は、その笑顔が嫌いだ。
無理をしているような、なんでも一人でやろうとする顔だ。
さっきほどから、彼女の顔の事ばかり気にしている僕は、いつもの笑顔に戻ることを期待しているからか、なのかもしれない。
そう、可能性があるならば、恩を返す時なのかもしれない。
「どうして?」
ここに踏み込む以上は、それ相応の責任を取る必要がある。
古賀さんも、そう思っている僕の気持ちがわかるはずだ。いつも、気の利く古賀さんなら。
「・・・・・・分からない。・・・けど、家に置き書きが置いてあった。から・・・・・・」
間髪入れずに、
「何と?」
本格的にビックリした顔をする古賀さん。
だけど、それを黙って首を縦に振る。
「・・・・・・これ。」
紙そのものを見せてくれる。
失礼します。と断りを入れ、手書きで書かれた張り紙に目を通す。
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『紅羽へ』
『不甲斐ない父で済まない。』
『これからお前に突きつけるものが、許されるとは思っていない。』
『本当に、済まない。』
『お父さん達は、返しきれなくなった借金から逃れることにした。』
『だから、帰って来たら家は、差し押さえられていると思う。』
『これは、父さんたちの責任だ。』
『お前は、付き合わせるわけにはいかない。』
『どうか、紅羽の未来が幸せであふれる事を願う。』
『さようなら。』
―――――――――――――――――――――――――――――――――
・・・・・・つまり、古賀さんのお父さんは、夜逃げして、古賀さんを置いて行ってしまった。ということ。
「・・・千堂君は、どう思う?」
試すような口調だけど、本当は真剣なのが隠しきれていない。
力になってあげたい。
「・・・僕は――――(返す言葉に正解は無い。)、・・・・・・。」
言葉もまとめていないのに、話し始めて詰まる。
・・・・・・でも、決まった気がする。
今日した告白なんかよりも、もっと恥ずかしくて、でも古賀が救われるかもしれない。……なら、言おう。
失恋をした僕にとっては、恥ずかしいの一つや二つでは立ち止まらない。
恩を、女の子を、助けよう。
「・・・・・・やっぱり、難しいよ――――「古賀さん。僕の家に来ませんか?」」
――――――――クラスメイトから振られ、僕はその日、隣の席の子を助けたのだった。
どうでしょうか?
どんな評価もお待ちしております。
二人の会話を増えていくのはここからです。