2章 入学試験-4
木札の争奪戦で受験者が半分以下になったことで、試験は大講堂での筆記へと進んだ。
ここまで残ったのは百人ちょっとだ。例年、一学年は百人前後だというのだから、ここにいる殆どが合格することになるのだろうか。実技試験でしぼりすぎなようにも見えるが、筆記試験受験者全員に羊皮紙を配る関係上、実技試験でふるいにかけたいのはわかる。羊皮紙は高価だからな。
さて、人生百億回分の知識を持つオレにとって、筆記試験など物の数ではない。
二回目の人生で完全記憶の魔法が使えるようになって以降に得た知識は、全て覚えている。この魔法は全ての出来事を忘れられないという副作用がある。もちろん、百億回におよぶシストラとの別れもだ。思い返す度に心が張り裂けそうになるが、彼女を幸せにするという目的を忘れずにすむのだから、これでいい。
おっと、今は物思いにふけっている場合ではないな。入学後、シストラと同じクラスになるためには、筆記試験も同程度の結果にしなければ。
試験内容を見るに、前半は魔法に対する知識問題、後半は考察を記述するタイプだ。
シストラをカンニングしつつ、同レベルの回答をしようとも考えたがやめておくことにする。
試験開始前に、魔法の使用を禁じるとの通達があったのだ。講堂内にかけられている魔法の発動を感知するトラップは、オレなら簡単に抜けられるだろう。だが、トラップは何重にもかけられているはずだ。
万が一にもひっかかることはないはずだが、念のためだ。カンニングはしないことにしよう。それに、記録が残るタイプの高性能な魔道具を使われていると、時間をかければ解析される可能性はある。
シストラなら、前半の知識問題は九割以上正解できるだろう。問題は考察を記述する部分だが……。こればかりはどうなるか読めない。
採点者によりすぎるからだ。得意分野に厳しくなる採点者もいれば、自分と異なる考えは一切うけつけないという採点者もいる。
ここに関しては完全に運だ。
まあたまにはこういった筆記試験をまともに受けてみるのもいいだろう。
いざとなれば、学校関係者を洗脳すればいいんだしな。
身もふたもない話だが。
合否発表は、試験から五日後にされるらしい。校庭に合格者の番号が貼り出される。番号とは、試験の受付で配られた木札に書かれたものだ。
そのはずなのだが……試験から四日目。オレはベルリーナの研究室に呼び出されていた。
「わざわざ来てもらって悪いわね」
膝上のスカートからすらりと伸びる脚を組み替えたベルリーナは、オレに椅子を勧めてきた。
遠慮無くそれに腰掛けたオレは、ここに呼び出された時からの疑問を口にする。
「宿に使いをよこしてまで何の用です? 合格者への事前連絡、というわけでもないでしょうし」
それならば、シストラも呼ばれていなければおかしい。
「落ちる気はなしか。あなたほどの力があれば当然ね」
そう言うベルリーナは苦い顔をしている。
「オレを合格にできない理由でもできたんですか」
「スルドいわね。それに、歳の割に随分おちついてるじゃない。一生を左右する試験結果だというのに」
そこはまあ、年の功というやつだ。
「で、その理由というのは?」
「筆記試験よ」
「記述問題ですか」
「はぁ……本当に聡い子ね。なぜこんなに優秀な者を落とそうと思うのか、理解に苦しむわ。いいえ、優秀すぎる答案だったから、不合格になったのだけれどね。あの答案の価値を理解できたのは、私だけだった」
今の一言で全て理解した。
筆記試験後半の記述問題。この世界の魔法レベルに合わせて、十分に回答のレベルも落としたはずだった。だが、それでもまだ足りなかったらしい。
「オレを呼び出したってことは、合格できる道があるってことですね。そして、それは貴女にも得となることだ」
これくらいの予想はわけないことだ。似た状況を何度も経験しているので、予想というより知識に近いが。
「入学してくる学生が、みなあなたのように優秀であれば良いのだけどね。それだと、ここの教員は大半がお払い箱かしら」
「先生方の専門分野に関しては学ぶところも多いと思ってますよ」
「口も上手ね。いいわ、あなたに前置きは不要ね。単刀直入に言うわ。あたなを私の推薦枠で合格させます。ただし、あなたは私の研究室に準所属という形になるわ」
「なるほど、つまりオレの知識を提供しろってことか」
その程度であれば悪くない条件だ。
「そういうこと。普通は特別に見込みのある学生を、一年生のうちからみっちり教育するための制度よ。主席か、よほど一芸に秀でていなければ対象にならないほどにね」
「貴重な資格なんだな」
「推薦した学生がヘマをすると、教員が降級される場合もあるから、そうそう出さないわね」
「そうか、感謝する。だが、こちらからも条件がある」
この話を受けるにあたり、一つだけ問題があった。
「この状況で条件を出せる胆力に恐れ入るわ。まあいいわ、言ってみて」
「オレとシストラを同じクラスにしてくれ」
オレだけが特別扱いされた場合、シストラとクラスを別にされてしまう可能性があるのだ。
「シストラ? ああ、実技試験であなたと一緒に行動していた娘ね。彼女こそ、推薦したいという教員がたくさんいたわ。文句なしのトップ合格だったから。あなたの回答を見てしまった以上、私はあまり興味を引かれなかったけれど」
実技試験であれだけ目立ったシストラだ。筆記試験もよくできただろうし、教員に目をつけられるのは当然だろう。
オレに価値を見いだしたベルリーナなら、シストラに興味を持たないのもわかる。
「恋人同士かなにかなの?」
イタズラっぽく笑うベルリーナだが、オレが顔を曇らせたのを見て何を悟ったのか、軽く手を振って発言を取り消した。
シストラと恋人同士にか。
そう願ったことも、そうなったことも何度もある。
だが今のオレは、そんな感情は超越したところにいる。
全てをシストラの幸せな人生のために。叶えたい望みはそれだけだからだ。
「まあいいわ。もともと、二人ともトップのクラスに入れる予定だったから。シストラはもちろん、私の推薦を持っているあなたもね」
「そうか、ならいい」
「まったく、本当にどっちが先生だかわからないわね」
「オレが教えることもあるんだ。当然だろう」
教員と対等でいたいなどと言うつもりはない。ただ事実として、彼女とは取引関係にあるというだけだ。
オレが他の生徒と上手くやっていった方が、シストラも学校生活を送りやすいだろうから、教員との関係も気をつけるけどな。
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