7章 魔族の本気ー6
「はぁ……はぁ……どうだ。いくら貴様でもこれなら……」
爆炎が晴れたあとに佇むのは、周囲を球形の魔法障壁に護られたオレの姿だ。
「うそだ……ドラゴン数体を倒せるほどのエネルギーを……」
「オレのことをまだドラゴン数体程度だと思ってるのか?」
「ぐ……魔王の座を取り戻すために取っておきたかったが……これが本当の奥の手だ!」
ベルリーナが呪文を唱えると、彼女の持つ杖に闇が収束。その闇がもぞももぞ蛇のような触手にその形を変えていく。
「闇蛇束縛!」
直系がちょっとした小屋ほどもありそうな闇の大蛇が、ベルリーナの杖から十三本発生した。それぞれの大蛇が意思を持つかのように、一斉にオレへと襲いかかって来る。
オレは炎、氷、雷の槍をそれぞれ百本ずつ、さらに呪術を払う光の波動で迎撃を試みる。
しかし、その全てを受けてなお、闇の大蛇はオレへと突っ込んだ来た。一匹の大蛇はオレを巻き取り、その巨大な体躯で締め上げてくる。
「身動きも取れず、魔法も使えないでしょう? これこそ魔王だけが使える秘技よ! そのまま絞め殺されるがよい!」
「なるほどな。神の技法か」
「貴様……なぜそれを……」
ベルリーナが今日一番の驚きを見せた。
「魔族とは、精霊を核として人間の悪意が固まり、具現化したもの。そして魔王とは、天界から堕ちた神の魂を核としたもの」
「それは魔王しか知らないはず!」
「神の技法とは、魔王の中に眠る神の魂の残滓を利用した秘術。そうだろ?」
現象は魔法のように見えるが、その原理は全く異なる。
これこそ、人間には……いや、魔王以外の魔族にも通常は使えないものである。
「これは……なにがなんでも殺さねばならないわね」
ここにきてなお、僅かに残していたベルリーナの余裕が完全に消えた。
魔王にとって、それほど秘匿すべき情報ということだろう。
闇の大蛇がオレの体をギリギリと締め付ける。
「なぜ……なぜ潰れないの! 人間の脆い体など一瞬のはず!」
「神の技法は確かに魔法で防げないし、魔王にしか扱えない。だが、体内に神の魂を持たないなら、契約すればいい」
そう言ったオレは、契約の句を紡ぐ。
デウス テオス
パクトゥム シンヴォレオ
アーラ プテリュクス
エクシトマ エクサファーニシ
プリニトゥード エクピーロシ
「ふんっ、人間が神と契約など聞いたことが――」
「天輝滅翼」
ベルリーナのあざけりは、オレの背中に生えた光り輝く六枚の巨大な翼によって、闇の大蛇ごとかき消された。
「な、なんだそれは……」
オレは答える代わりに翼を舞台いっぱいに広げ、回転しながら上昇する。
翼に触れた闇の大蛇が、黒い靄となって虚空に消えた。
これがオレがいくつか使える神の技法の一つだ。翼が触れたものの存在を因果律ごと抹消する最強の矛である。
オレはかつての人生で何度か神話級の戦いに身を投じたことがある。
その中には、ベルリーナのように魔法を含む物理現象を封じて来る敵もいた。対抗するには、神の技法の習得が必須だったのだ。
ただし、人間が使うにはそれ相応の対価を伴う。
今回のブリリアントウィングであれば、使用時間に応じて寿命が縮む。できる限り使用を避けたい技だ。
それはベルリーナも同じだろう。おそらく今の技は、魂に残っている神の残滓を消費する。つまり、大量の魔力を消費する上に、一生で使える回数が限られているはずだ。
オレは空中で静止すると、翼を消し、唇を噛みしめるベルリーナの前へと着地した。
「はぁ……はぁ……まだ……やれる……」
肩で大きく息をするベルリーナの外皮がぼろぼろと崩れ落ちていく。負荷の高い技というのももちろんだが、破られるとその反動が術者に返るタイプでもあるのだろう。呪いに近い効果を持つ神の技法には、そういったものが多い。
だがこれで終わりではない。
森に現れた実験体達が、王都へと進軍している。
オレが両手を空に掲げると、そこにちょっとした宿屋くらいはある巨大な光の球体が出現した。
オレの意思に呼応して、球体から百本を超える光の線が、森にいる実験体とベルリーナに延びる。
そして、光の線をなぞるように、巨大な球体から、拳大の光の球体が高速で飛び出した。
ベルリーナは避けようと上空へ逃げるが、光の線は追跡を続け、球体が彼女の胸へ吸い込まれていった。
「な、なんだこれはがはっ――」
ベルリーナが疑問の声を上げる間もなく、彼女の胸を中心に、光の線が無数に走り、その体をバラバラに切り裂いた。
森のあちこちでも同様の現象が起こり、実験体達が絶命していくのを感じる。
オレはかなり小さくなった上空の光の球を消し、ベルリーナへと近づく。
「私が……負ける……なぜ……」
ベルリーナは魔瘴気でばらばらになった体をつなぎ合わせようとするも、傷ついた核ではそれもかなわず、浮遊する肉片でなんとか胸部と頭部の一部が人の形を成しているにすぎない。
「理由か……そもそも、お前がオレに勝てる要素は最初から何もなかった」
「私は……魔王……に……もど……」
「そして何より、シストラを穢そうとしたことだ」
「貴様ほどの人間が……なぜ、小娘一人にそこまで……」
人間と魔族が戦争状態である以上、彼女のとった行動は、ある意味必要なことだったのだろう。
彼女の作戦が成功していれば、人間に比べて圧倒的に人口の少ない魔族側にとって、かなり有利になる。
だがそれは同時に、シストラにとっては降りかかる火の粉となる。彼女に振り払うことのできない火の粉ならば、オレが払ってやらねばならない。
意識を失いかけているベルリーナの失われた胸部から、黒く輝く石が見える。魔族の核だ。心臓の形にも似たそれは、結晶のようでありながら、やわらかい。
「あ……やめ……」
がくがく震えるベルリーナを無視し、魔力をこめた手でそれを握りつぶすと、核は砕け散り、それに呼応するように、ベルリーナの体がぼろぼろと崩れ、虚空へと消えていった。




