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7章 魔族の本気ー5

「ガアアアッ!」


 獣に等しい咆哮を上げたベルリーナの眼前に、一抱えほどの黒い球体が出現した。

 球体から出ている波動で、近くの舞台が瞬時に腐食。塵となって風に溶けていく。

 高圧縮した魔瘴気に魔力を練り込んだものか!

 球体はオレに向かってまっすぐ射出された。

 避ければ観客席に被害が出るどころか、おそらく貫通して王都にまで飛んで行く。

 先程のダークドラゴンもそうだが、国を内側から乗っ取るような計画を練るタイプにしては、行動が短絡的だ。

 もしかして、ベルリーナの立場が脅かされるような動きが、魔族側にあるのか?

 気にはなるが、今はそんなことを考えている場合ではない。

 まずはシストラや観客動員の安全確保が優先だ。シストラを護るのは当然だが、せっかくの証人達に死なれても困る。

 オレは球体の横をすり抜けざまそれを消滅させつつ、ベルリーナの腹部に肘打ちをめり込ませた。


「がはっ!」


 体をくの字に折り、血を吐くベルリーナ。そうして下がった顎を、オレは拳で思い切り打ち上げた。

 本来なら魔族であろうと頭部が跡形もなく消滅する威力である。

 今のベルリーナは、防御魔法を何重にもかけうえに、メタモルフォーゼにより肉体強度も上昇している。

 顎を砕いた手応えこそあったものの、五体満足なまま、遙か上空へとぶっとんで行った。 オレは腰をかがめて力をためると跳躍。一瞬でベルリーナの横に並ぶと、斜め前方へと蹴り飛ばした。

 ベルリーナの体は森を二つ超えたところで丘に激突。その斜面を削りながら丘を越え、その奥にある岩石地帯に激突したところで止まった。

 オレも高速飛行魔法でそれを追う。

 ベルリーナの傍に着地すると、彼女はちょうど身を起こしたところだった。

 魔法で編まれたはずのローブはボロボロになり、彼女の魅惑的だった体が、あちこち露わになっている。今は全身のゴツゴツと角が生え、その角からは煙となった魔瘴気が吹き出す無残な姿だが。


「よくもこんな……」


 肩で息をするベルリーナの体にできた無数の傷を、彼女の周囲に漂う魔瘴気の煙がみるみる癒やしていく。


「これだけは使いたくなかったが……このまま負けるよりはよい!」


 ベルリーナの体からこれまでで一番大きな魔力とともに、魔瘴気の煙が大量に放出され、彼女の姿を覆い隠す。

 やがて煙が消えたその中からは、さらに変貌したベルリーナの姿が現れた。

 右手の肘から先が鈍く光る巨大な闇色の剣に変わり、腰の後ろからはハサミのついた二本の尻尾、頭部には昆虫のような二つの複眼、そして全身は真っ黒な鱗で覆われている。

 あの剣はかなりやっかいだな。魔術的な防御を施していないものは、おそらく()で(・)も(・)斬れる。切れ味ではなく、刃に触れたものを魔力で分解するタイプだ。

 ベルリーナはその場で無造作に右手の剣を振るった。

 体のすぐ横を何かが通り抜けた感覚があった後――


 ゴゴゴゴ――


 背後で地響きのような轟音が響いた。

 ちらりと振り返ると、遙か後方で、城以上もあろうかという巨大な岩が斜めにばっさり斬られ、その上半分がずり落ちているところだった。

 超射程かつ不可視の刃。それも、魔法を発動したわけではなく、剣を振るついでに発生した攻撃だ。

 原理はオレの動作記憶発動に近い。というか、そもそも動作記憶発動は、とある魔王と戦った時に思いついたものだ。

 ベルリーナの場合、まだ自分で制御できているわけではないようだが、脅威であることに変わりはない。

 オレもまたその手に光の刃を生み出し、ベルリーナへの背後に一瞬で移動する。

 先程までなら確実に首を刎ねていたであろうオレの一撃は、ベルリーナの剣によって阻まれた。

 それだけで、互いの頬に一筋の赤が入り、さらにその背後にある岩がばっさりと斬れ、崩れ落ちていく。


「見えるわ!」


 全てを切り裂く剣と剣の接触点が、互いに刃を食い合いながら、術者の魔力で再生を続ける。

 武器の性能は互角。ならば!

 オレは剣から離した左手をベルリーナの腹部に添え、防御魔法矯正解除の魔法を発動。彼女の鱗一枚一枚には、万を超える多層防御魔法がかかっていたが、金属をひっかいたような甲高い音を立てて、強引に解除する。

 そのまま左手で鋼よりも硬く靭やかな鱗をぶちやぶり、ベルリーナの体内へとめり込ませた。内臓の生暖かい感触が、手にまとわりつく。


「ぐはっ……き、きさまあ!」


 ベルリーナは空いた手に闇色の炎を纏わせ、オレの頬を全力で殴りつけてきた。


 ――ドゴォッ!


 爆発にも似た轟音とともに、殴打の衝撃で上空の雲は散り、地面には巨大なクレーターができた。

 それでもなお、オレの頬は無傷だ。殴られる場所がわかっていれば、魔力を集中させれば大抵の攻撃は防げる。

 そう、内側からの攻撃でなければ。

 オレはベルリーナの腹部につまった内蔵を握りつぶし、そのまま拳を爆発させた。

 止めを刺すつもりだったが、爆発の寸前に逃げられてしまった。

 それでも、彼女の腹部から胸部にかけてが焼き尽くされ、背骨だけを残して向こうの景色が見えている。

 本来なら致命傷なはずの一撃にも関わらず、ベルリーナの傷は一瞬で再生した。


「その腕では戦いにくいでしょう?」


 肘から先が無くなったオレの腕を見て得意げなところを悪いが、闘技場でベルリーナがそうしたように、腕を再生してみせる。


「く……もはやその程度では驚かない……。貴様のことは人間だとは思わない!」


 苦渋の表情を浮かべるベルリーナだが、その口元が僅かに笑みの形に変わった。

 その瞬間、どくんっとオレの心臓が跳ね上がる。同時に全身がしびれたように動けなくなった。


「どう? 動けないでしょう? 私の臓腑に腕をつっこんでおいて、無事で済むとでも思った? 傷口から魔瘴気を送り込ませてもらったわ。かつて『傀儡の魔王』と呼ばれたのは伊達ではない! 直接の戦闘よりもこちらが得意なのよ。もはや貴様の体は私の一部も同然。私をコケにした恨み、晴らさせてもらう!」


 ベルリーナの瞳が朱く輝いたかと思うと、王都近くの森に、百を超える強力な気配が出現した。


「森に隠しておいた実験体を全て目覚めさせた。本来であれば、これを使ってカサンドラに他国を攻めさせるつもりだったがもうヤメだ。このまま王都を滅ぼしてあげる! 弱ったところを他国に攻め込まれるがいいわ!」


 王都に向かう気配からすると、ドラゴンクラスが三十を超えている。二、三体で王都を半壊させられるモンスター達だ。いかに手練れが集まる王都でも、魔族合成されたドラゴン三十体を撃退できるとはとても思えない。


「あははっ! 悔しいでしょう! なぁに、貴様の女だけは生かしておいてあげる。部下どもの慰みものとしてな!」


 勝利を確信したベルリーナの哄笑が響く。


「この程度で勝ったつもりとは、随分とぬるい人生を送ってきた魔王だな」

「なっ……貴様、なぜ話せる!?」

「魔瘴気を使って操るのなら、それを浄化してやればいい」

「既に操られた状態でそんなことできるはずがない!」

「思考を奪わなかったのは失敗だったな。頭さえ動けば、魔法を使うことはできる」

「くそっ! そんなバカな! くそぉっ!」


 ベルリーナは火球を乱打してくる。その一つ一つがちょっとした屋敷を吹き飛ばせるほどの威力だ。

 あたり一帯が爆炎に包まれる。

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