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7章 魔族の本気ー3

『さあやってまいりました、エキシビションマッチ! これを楽しみに待っていた皆さんも多いことでしょう! まずはこの方! 教員代表、ベルリーナ先生! 昨年はその美しさと圧倒的な強さで多くの王都民を虜にしました!』


 ベルリーナが観客に手を振ると、大歓声が湧き上がった。

 露出の多いローブに身を包んだその妖艶な体と瞳に、男性ファンの目は釘付けだ。


『そして、本年度優勝! ディータ選手! 一年生にして圧倒的な強さで優勝をかっさらった彼は、ベルリーナ先生にどこまで食らいつくことができるのか! なんとこの彼、ベルリーナ先生の推薦を受けての入学です! まさに師弟対決と言えるでしょう!』


 ベルリーナほどではないが、オレにも大きな拍手が送られる。

 彼女の弟子になった覚えはないがな。


「お手柔らかに頼むわね」


 審判による開始の合図と共に、ベルリーナは手にもった長杖を地面にトンと突いた。


「どうでしょうね」


 対するオレは自然体で立ったままだ。


「武器はいらないの?」

「オレの全力に着いてこれる武器をまだ作ってないんで」

「あら、やっと全力を見せてくれるのかしら?」

「それはあなた次第だな」

「随分自信たっぷりね」

「そちらこそ。オレの実力がわからないわけじゃないでしょう? それとも、何か秘密があるんですかね?」

「あら、女性に秘密はつきものよ。さあ、そろそろ始めましょうか」

「ああ、始めよう」


 そう呟いたオレの声は、彼女の背後から聞こえただろう。


「……えっ?」


 舞台に上がって初めて緊張した顔を見せたベルリーナが振り返り、オレと目が合うと同時に彼女の右腕がぼとりと落ちた。


『なんとディータ選手! 瞬時にベルリーナさんの背後に出現! その手には魔力で生成したのでしょう。輝く刃が握られています! そして心配なのはベルリーナさんの腕です!』


 エルデの奥義のように虚を突いたわけではない。文字通り、目にも止まらない速度で切り抜けたのだ。

 踏み切った舞台の石も傷つけない、最高効率の動作である。


「思ったよりも速いわね。まさか私が目で追えないなんて……でも……」


 余裕の表情で拾った腕を繋げようとしたベルリーナの顔が曇った。


「つながらない? そんなバカな……。傷口も塞げない……」


 傷口から流れる血とともに、魔瘴気があふれ、舞台の石を腐食させる。


『なんだあれは……ま、まさか……魔瘴気……? でもそんな……』


 実況のつぶやきに、会場がしんと静まり返った。


「とある村で昔、免疫力が低下する病が流行ってね。この魔法剣はその時のデータを使って開発した魔法だ」


 昔と言っても、別の人生での話だが。


「人間め……なんてものを作るの……」

「しかし驚いたな。それ、魔瘴気だろ?」


 我ながら白々しいと思いつつも、傷口を剣で指す。

 オレの問いにベルリーナは小さく呼吸をすると、妖艶ながらも温和だった瞳が、殺気の籠もった鋭いものへと変わった。

 その瞬間、ベルリーナの体から強力な魔力が解放された。

 肌がぴりつき、一瞬立ちくらみのような感覚に襲われる。

 観客席ではばたばたと人が倒れていく。かろうじて意識を保っているのは、決勝に進出した選手と他数名、教員達、そしてごく一部の観客だけだ。

 抑えていた力を解放しただけでこれほどのプレッシャーが放てるとは、ベルリーナは魔王クラスだというのか。


「知っていたのね? わざわざこの場で私の正体を暴いたということは、何か狙いがあるのでしょう? 聞かせてみて」

「この国では魔族を殺すのに理由がいらない」


 オレの答えにベルリーナは、顔に憎悪を滲ませた。


「魔族についての授業で『今は敵だが、滅ぼすべき相手じゃない』と言ったのは嘘だったのね」

「嘘は言ってないさ」


 ここから先の話は、ギャラリーに聞いてもらっては困る。

 オレもまたベルリーナのように魔力を解放した。

 それだけで、この場にいた人間が全員気を失った。

 立っているのは、オレとベルリーナ、そしてヌーラだけである。


「私以上の魔力ですって……? 貴男、本当に人間?」

「ありもしない運命なんてものに抗いきれない、ただのちっぽけな人間だよ」

「なるほどね……魔族殺し(デーモンバスター)か」


 デーモンバスターとは、魔族を殺すことに特化した部隊だ。その全貌は騎士団の上層部にすら秘匿されているという。


「そんな物騒なものじゃないさ。オレはあんたが魔族だから殺すんじゃない。シストラに危害を加える可能性があるから殺すんだ」

「私が魔族だから、シストラに危害を加えると?」

「被害妄想もほどほどにしてくれ。そんな理由じゃない。あんたらがやろうとしていることが問題なんだ」

「……どこまで知っている?」


 ベルリーナの雰囲気がさらに鋭いものへと変わる。


「没落しかけているノイエシュタイン家につけこんで、モンスターや人間と魔族の合成実験をしているってあたりまでだな。強力な兵士として国に売り込むつもりだったんだろう? ヌーラを入学させたあたりから考えても、この国を内側から支配しようってところか」

「そこまで調べていたのね……。やはり王都であれこれ嗅ぎまわっていたのは貴男だった。戦闘以外も思った通り……いえ、思っていた以上に優秀だわ」

「そちらこそ、ヌーラを使ってオレをなんとかしようとしていたようだが、ご苦労様だったな」


 暗殺も視野に入れての動きをしていたようだが、それを許す隙をさらすようなオレではない。


「とりあえず殺しておいたほうがよさそうとは思っていただけど……上手くいかないはずね。これほどの魔力を隠し持っていたのなら納得だわ。おかげでヌーラを大会で勝たせなければならなくなった。彼はこのまま役人にするつもりだったのだけどね。台無しよ」


 やはりベルリーナもオレと同じ事を考えていたようだ。

 トーナメントであれば、相手に逃げられないと。


「シストラには平和に楽しく暮らしてもらいたいんでね。あんたが企んでいる大きな戦争の引き金になるような計画は困るんだよ。ここまで準備したんだ、やめろと言ってやめてくれるはずがないだろ? だったら殺すしかない。だが、王立学校の教員が行方不明になれば捜査が入る。そうなれば、疑われるのは平民で腕が立つヤツからだ。ならまず必要なのは、あんたが魔族だってことをできるだけ多くの証人に見てもらうことさ」


 この大会なら、王立学校の教員の他、多数の貴族が見に来ている。証人としては十分だ。目撃者が少ないと、もみ消される可能性があるからな。

 そして、彼らを気絶させておいたのは、オレが国家と魔族に関する重要な情報を握っていると知られるわけにはいかなかったからだ。よくて国のお抱え、最悪お尋ね者もありえる。オレならはね除けられるが、シストラの幸せな一生からは大きく遠ざかってしまうだろう。

 それに、これから見せるオレの力を知られるのも面倒だ。


「三十年かけた計画がこんな人間に……魔王に戻る足がかりが……っ!」

「へえ……。あんた、かつて三人いた魔王の一人か。元ってことは、大魔王とか言われてるヤツに国を吸収されたクチだろ。没落貴族が没落魔王と手を組んだってわけだ。お似合いだね」

「人間ごときが愚弄するか!」

「魔族への偏見を嫌がる割に、そんなことを言うんだな」

「黙れ! 推薦枠で取り立ててやったのに、恩を仇で返してくれて!」

「恩を売って、利用しようとしたんだろ?」


 強い学生を抱えておけば、それらを欲しがる貴族達に交渉権を持つことができる。さらに、学生の就職先とのパイプもできる。国を内部から操りたいなら、有効な要素だろう。


「くっ……実験体に良い素材だと目をかけてやっていたが、もう許さない! 処分してあげるわ!」


 ベルリーナは接合できない腕を放り投げ、オレの魔法に浸食された二の腕を切り落した。彼女が腕に力をこめると、断面から濃い魔瘴気が溢れだし、腕が生えてくる。

 再生した手を握って感触を確かめた彼女が、反対の手に持っていた杖でとんっと地面を突くと、その杖の宝玉が鈍く黒い闇を纏った。


「許さないのはこっちの方だ。お前の部下がシストラにしたこと、償わせてやる」


 オレも全身に魔力を漲らせる。

 それが開戦の合図となった。

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