6章 学内トーナメント-7
大会運営による治療を断って、シストラが控え席に戻ってきた。
「負けちゃった……」
悔しそうに唇を噛みしめるシストラの傷を診る。
そういえば、シストラがオレ以外に負けるのって、これが初めてだな。
「ひどい怪我……」
傷を見たエルデが顔をしかめた。
オレは口の中で短く呪文を詠唱する。
「ディータがあたしに教える時以外で詠唱してるの、初めて見た……」
怪我した本人の治癒能力を上昇させるだけでなく、体組織を生成する必要があったからだ。
シストラは自分の怪我がひどいものだったとあらためて自覚したらしく、ガクガクと震えだした。
「うそ……肩に空いた穴がどんどんふさがっていく……。なにこの魔法……」
「これ、骨も再生してるの?」
「腕を移植する方法があるというのは文献で読んだことがあるけど、再生だなんて伝説でしか聞いたことないぞ」
近くで見ていた学生達が集まってくる。
「これでよし。違和感はないか?」
「ん~。大丈夫。ありがとね」
怪我をした腕をぐるぐると回したシストラが笑顔を見せた。
しかし、その裏にはやはり、悔しさと恐怖が見え隠れしている。
「敵はとってくる」
「うん……勝って。でも、次は絶対自分で勝つから!」
今度こそ、シストラは満面の笑みを浮かべた。この切り替えの早さが彼女の良いところだ。
「決勝の前に俺がいる。悪いが貴様は決勝には行けないぞ」
突然やって来てそう言ったのは準決勝でオレと戦うリヒテンとかいう三年の男子だ。制服の下からでも、鍛えた筋肉がよくわかる。学内でもトップクラスの上背に、その体格でなにかと目立つヤツだ。
「お手柔らかに頼みますよ、先輩」
「ふんっ! その余裕もすぐ泣き顔にしてやるさ」
リヒテンはビシッとオレを指さすと、今度はエルデの前にひざまずいた。
「エルデ姫、今日こそあなたが欲しい。俺の強さは十分に見られたはず。今日こそ色よい返事を聞かせて頂きたい」
「私は自分より強い男と結婚したいの。私と闘いたければ、彼を倒してからにして」
「コイツを倒せば、俺の求婚を受け入れてくれるのですね?」
エルデの返答に、リヒテンはオレを睨みつけた。
「倒せればね。その代わり、負けたら二度と私にまとわりつかないでください」
「しかと聞きましたよ! うおお! 絶対に勝つ!」
力強くそう宣言したリヒテンは、観客席から舞台へと飛び降りて行った。
「おいエルデ……。自分より強い男と言っておきながら、オレに勝てってのは酷じゃないか?」
「本人が納得したのだから問題ないんじゃないかしら」
このあたりのしたたかさは、さすが王族だ。
「フレッドといい、リヒテンといい、女のことで頭いっぱいか」
「王立学校に通う学生であれば、結婚相手として認められる場合が多いの。だから、自分で相手を選びたい場合、在学中が大きなチャンスなのよ。リヒテンは入学当初からしつこく言い寄ってきたのだけど、彼の家柄的にどうしても王族の血を入れたいのでしょうね。没落もいいところだから。たとえ魔法を使えない王族だとしても欲しいんでしょ。あんな将来性のないところに嫁に行く気はないわ」
エルデはそう言って、うんざりしたように口元を歪めるのだった。
『さあ決勝トーナメント準決勝二試合目! 勝利は決勝でヌーラ選手と戦うことになります! 三年リヒテン選手対、一年ディータ選手!』
オレとリヒテンは大きな拍手の中、距離を取って対峙する。
「まずはキミに俺の実力を見せてやろう」
リヒテンがそんなことを言い出した。
見せたいのはオレにではなく、エルデにでは……という言葉が喉元まで出かかったが、すんでのところで飲み込んでおく。
リヒテンは大仰な身振りと手振りで、長々と呪文を唱え始めた。
かなり余計な文言がまざった非効率的な呪文構成ではあるが、大爆発をおこす魔法だ。
ちなみにリヒテンの動作にはなんの意味も無い。
『火炎爆裂!』
リヒテンはただでさえ大きな彼の身長を超える長い杖を上空に掲げた。
杖の先端にはめ込まれた宝玉から射出された拳大の赫い光の球が空高く飛んで行き、巨大な爆発を起こした。
遅れてやってきた轟音と衝撃波に、観客達は思わず身を伏せた。遙か上空で起きた爆発にも関わらず、観客席から荷物や帽子が乱れ飛ぶ。
爆発の威力は、ちょっとした屋敷ならまるごと吹き飛ばせるくらいか。
なるほど、自慢したくなるのもわかる威力だ。
「俺はこれで騎士団から大量のオファーをもらっている。ギブアップするなら今のうちだぞ」
既に勝ちを確信したという顔である。
実際、戦争となれば遠くからこの魔法を数発撃ち込むだけで、戦況をひっくり返すことができるだろう。魔法耐性を持たないタイプなら、ドラゴンにも重傷を負わせられるかもしれない。
「ショーは終わったか?」
しかし、一対一で見合った状態で、威力が高いだけの魔法など無意味だ。
難易度の高い魔法を扱うジェームズにシストラが勝ったのもそこが理由である。魔法は使い方なのだ。
「ふん、下手な強がりは死に繋がるぞ」
コイツは相手の実力を見抜く目を養ったほうがいい。戦場であっさり死ぬぞ。
「さあ行くぞ――な? 体がうごかがががもごもごもご」
オレは無詠唱、無宣言で魔法を発動。まずは呪文を唱えるべく杖を構えたリヒテンの自由を奪う。もちろん口と喉も含めてだ。
「ふごふご! ふごー!」
次に、なんとか体を動かそうとするリヒテンを浮遊させ、そのまま場外へと優しく運んでやる。
「ふごー! ふふごー!」
激しく抗議しているようだが、そんなものに付き合ってやる義理はない。
そっと彼を場外に下ろし、両足が地面に着いたところで、体の自由を返してやる。
『しょ、勝負ありです! まさかの一瞬で決着! 準決勝においてここまで一方的な試合がかつてあったでようか!』
『ディータ選手は素晴らしく高度なことをやっているのですが、試合的には全く盛り上がりませんね』
必死に煽る実況に、さくっと水を差すベルリーナである。
「なんだ今の試合は! ちゃんと戦え!」
舞台を降りたオレにかけよってきたリヒテンが猛抗議をしてきた。
しばらく場外にころがしておけばよかったな。
「ますはオレの捕縛を破れるようになってから言ってくれ」
「貴族に向かってふがふがふが! ふがー!」
うるさいので魔法で口だけ塞いでおく。
さあ、決勝戦だ。
ヌーラに負けるなんてことはないだろう。だが、問題はそこではない。
オレの目的は一連の魔族による暗躍を暴き、シストラに安全で楽しい学校生活を送らせることなのだから。




