6章 学内トーナメント-6
『さあ、決勝トーナメント準決勝第一試合! 三年ヌーラ選手対、一年シストラ選手! ジェームズ選手を破ったシストラ選手に注目ですね』
『あの娘……面白いわね』
『と言いますと?』
『あ、いえ……なぜあれほど怯えているのかと疑問に思いまして。これまでの試合を見る限り、彼女がそれほどヌーラを警戒する理由はないはずなんですけどね』
ベルリーナが言うように、ヌーラと対峙するシストラの膝が震えている。
『ヌーラ選手はこれまで不思議な勝ち方をしていますからね。警戒する気持ちもわかります。さあ、どんな結果が待っているのか! 良い試合を期待しましょう!』
「ショックだなあ。前に会った時もそうだったけど、そこまで怯えることないと思うけど。キミ、かなりツヨイでしょ。その歳でよく鍛えたものだよ」
おどけてみせるヌーラだが、その立ち姿には一切の隙がない。
「シストラほどの相手と対峙しているのを傍から見て初めてわかったわ……。アレは何者なの……?」
オレの隣で、エルデが本能的にヌーラのことを『アレ』と表現した。
「決勝戦でわかるかもな」
「シストラは負けるってこと……?」
「勝ってほしいさ。だが、負けるなら、安全に負けてほしい」
「それほどの相手ってことね……」
エルデが視線を舞台へと戻す。
試合は膠着状態が続いていた。
シストラが防御魔法でガチガチに固めるのに対し、ヌーラが散発的に魔法で攻撃する。その繰り返しだ。
まずいぞ……。攻めろ、シストラ。勝つにしろ、負けるにしろ、ヌーラに本気を出させるな。
『今大会決勝戦初の膠着状態です! さあ、両選手どう攻めるのか!』
『魔法の試合は高火力か搦め手のぶつけ合いですからね。短期決戦になるのが基本です。二年ほど前に、お互い口を塞いでの殴り合いになったこともありましたが、ああいうのは例外ですね。なにより、学生が強力な防御魔法を使えること自体が少ないので、持久戦にはなりにくいのです』
『なるほど! シストラ選手の実力が光りますね。さあ、ヌーラ選手、ここからどう攻めるのか!』
シストラはドーム状に展開した半透明の魔法障壁を、徐々に拡大していく。予選時よりも、魔力消費を大きくし、強度を上げている。
当然ながら範囲を大きくしていくと強度を維持するのは難しくなるが、シストラは額に汗を浮かべながら魔法を維持している。
「たいしたものだ。こうみえて、僕のフレイムジャベリンは鉄をも溶かすんだけどね」
ヌーラの独り言は盛り上がる観客席には聞こえない。聴覚強化と音声選別を同時展開しているオレだけが聞き取ることができるのだ。
その後も、ヌーラが散発的に魔法を放ちながら、ジリジリ下がる展開が続く。
『ヌーラ選手、このまま場外に押し出されてしまうのか!』
「ヌーラ! 逃げてんじゃねーぞー!」
「せっかくだから勝ってけー!」
「一年に優勝なんてさせるなよー!」
実況に続き、三年生からのヤジが飛ぶ。
ヌーラはそれらに全く興味などなさそうに、顔に薄い笑みを浮かべたまま魔法を放ち続けている。
やがて、シストラの魔法障壁がヌーラを舞台端まで追い詰めた。
観客の殆どがシストラの確信をしたその時、ヌーラがふわりと空中に浮かび、ドームの頂上に降り立った。
ヌーラはドームにフレイムジャベリンを突き立てる。
魔法障壁のドームがバリバリと放電し、ドームの頂上に少しずつ穴が空いていく。
『おおっと! 今大会初めて、シストラ選手の魔法障壁が破られようとしています!』
実況は知らないようだが、二人が発動している魔法でこんな反応は起こらない。
ヌーラはフレイムジャベリンでドームを侵食しているように見せかけて、その先端に魔法障壁を侵食する別の魔法をかけているのだ。
王立学校とはいえ、学生レベルでできることではない。
「魔法障壁が保たない……なら!」
シストラは魔法障壁を解除し、炎の槍を構えながら降ってくるヌーラを見上げた。
ヌーラはシストラに向かって槍を投擲しつつ、次の呪文を唱え始める。
横に転がって槍を避けたシストラは、ヌーラの着地に合わせて二本のアイスジャベリンを放った。
うまい! そのまま着地しても、空中で停止しても、どちらかはヒットする位置だ。
二本同時生成した分、一本は小さいが、試合ならばそれで十分!
そのまま着地することを選んだヌーラが、左手でアイスジャベリンを払うと、バリンッと乾いた音を立てて氷の槍は砕け散った。
「なっ!?」
驚愕するシストラに向かって向けられたヌーラの人差し指が一瞬発光したかと思うと、シストラの肩に穴が空いた。
「きゃぁっ!」
肩を押さえたシストラは膝をつく。焼かれて血は出ていないものの、大怪我には違いない。
ヌーラが地面をすべるように、シストラへと迫る。
シストラは痛みに顔を歪めながらも、回し蹴りで応戦するが、腕で捌かれ、羽交い締めにされてしまった。
手で口を押さえられ、呪文を封じられたシストラはもがいて脱出しようとするも、身動き一つできない。
「ギブアップしなよ。ここで命をかけることなんてないだろ?」
「んー! んんんー!」
耳元で囁くヌーラに、シストラは視線で抗議しつつ呻く。
しかし、それなり以上に鍛えているはずのシストラの膂力を持ってしても、ヌーラの拘束から抜け出すことはできない。
「困ったなあ。この状況でキミに重傷を与えてしまうと、犯則負けになるんだよね。かといって、ギブアップはしなさそうだし……。そうだ、ちょっと恥ずかしい目にあってもらおうかな。とても良い体をしているから、素敵なサービスになると思うんだよね」
ヌーラがそう言うと、シストラの着ている制服の胸元が弾け、胸の谷間が大きく露わになる。
あの野郎、シストラに何しやがる! 気絶させることだってできるはずだ!
「シストラ! ギブアップしろ!」
気付いた時には、会場に響く声でそう叫んでいた。
だがシストラは首を縦に振ろうとはしない。
「そいつはオレが倒す! だから諦めろ!」
『観客席から熱い声が届いています。恋人でしょうか? これは後でシストラ選手のファンに殺されそうですね。さあ、どうするのかシストラ選手。いずれにせよこのままでは、審判からストップが入るでしょう』
それでもなおなんとかしようと、しばらくもがくシストラだったが、やがて力を抜き、小さく頷いた。
「シストラをあんな簡単に……あれほどの実力者がなぜ今まで注目されなかったの……?」
エルデが呆然とつぶやく。
「隠してたのさ。学校の成績を気にしないなら可能だ」
「何のために……?」
「さあな……」
予想はつくのだが、ここで語るべきことでもないだろう。




