6章 学内トーナメント-4
『決勝トーナメント第一回戦五試合目! 三年ジェームズ選手対、一年フレッド選――』
「「「「「きゃああああああ! ジェームズさまああああ!」」」」」
魔法で拡声された実況をさらにかき消して、会場が黄色い歓声に揺れた。
「す……すごい人気なんだね……」
隣でシストラがちょっと引いている。
「家柄、顔、実力全てを兼ね備えた上で、女性に優しいというおまけつき。去年は準優勝だったらしいし、人気があるのも頷けるわね」
エルデは対戦相手の情報をある程度集めていたらしい。このあたりのマジメさはさすがだ。
「それにしても……」
「ああ……」
シストラとオレは顔を見合わせる。
フレッドの完全上位互換すぎて、ちょとフレッドがかわいそうだな……。
試合は語るべきポイントもないまま、ジェームズの勝利で終わった。
黄色い歓声に包まれながら退場するジェームズとは対照的に、フレッドは羞恥に顔を赤くしながら、会場の外へと走っていく。
まあ……気持ちはわからんでもない。
大会は決勝トーナメントの第二回戦まで進んだ。
二回戦もオレはあっさり勝利。ヌーラも準決勝へとコマを進めている。
第二回戦の注目はシストラ対ジェームズの試合である。
「ジェームズさまああ! そんな女殺っちゃってー!」
「優勝よー!」
「抱いてー!」
ジェームズファンの声援がひどい……。
『シストラ選手にとっては、アウェーのような大歓声ですね』
『彼には騎士団や王宮以外からも、多方面からスカウトが来ていますし、間違いなく数年に一度の優秀な学生です。優勝候補筆頭と言われていますね』
『これまでの試合を見ても、ジェームズ選手は危なげない展開で勝利しています。シストラ選手がどこまで食らいつけるかが見所ですね』
たしかにジェームズは強い。
突出した特殊能力などはないものの、全ての要素が高いレベルでバランスが取れている。
「貴女の実力は予選と一回戦で見せて頂きました。手加減できる相手ではなさそうだ。悪いけど、全力で行きますよ」
ジェームズの武器は、身長よりも少し長い杖だ。杖の先には二つの宝玉があしらわれている。
宝玉つきの杖は、柄の部分よりも宝玉に意味がある。柄を伝って送り込んだ魔力を、補玉が増幅してくれるのだ。ジェームズが使っているのは、特定の属性を増幅するタイプだ。用途が限定されている分、効果は大きい。
「望むところです!」
シストラが構えた杖は指揮棒タイプの短いものだ。このタイプは霊木から作られることが多い。先端に魔力を集中しやすくなるため、魔法の発動効率が良くなる。
得意な魔法属性を絞るまでは、指揮棒タイプを使うのが一般的だ。
今回シストラは、杖の重量も考えての選択である。
「岩壁!」
先にしかけたのはジェームズだ。本来は術者の眼前に岩の壁を出現させる魔法だが、壁が出現したのはシストラの足下だ。なんとか打ち上げられる前に、岩壁から飛び降りたものの、バランスを崩してしまう。
『おおっと! シストラ選手、これまでに見せていた魔法障壁の呪文詠唱は中断してしまったようです。先手必勝は不可能か!』
『無詠唱でアレンジ付きの発動ですね。なかなかの高等技術です』
さすがに準々決勝ともなると、馬鹿の一つ覚えは許してもらえないな。
「火炎槍!」
ジェームズが無詠唱で出現させた炎の槍は、縦になってジェームズの横に浮遊している。さらに彼はシストラに突っ込みながら、もう一本追加した。
『ジェームズ選手、ここに来て初めて見せる技ですね』
『これはかなりのアレンジですね。本来は投げて使うフレアジャベリンを、投げずにキープしているようです。おそらく、事前にプログラムした通りに自動で動くはずです。授業では教えていないので、独自に編み出したのでしょう』
『それを見せるということは、シストラ選手を強敵と認めたのか、それともスカウトへのアピールか! 一方のシストラ選手は、魔法障壁以外の戦い方を見せるのは本大会初めてとなります! さあ、注目していきましょう!』
ベルリーナの言う通り、なかなかの使い手だ。得意属性は土と火か。風が含まれないだけ、この大会ではまだやりやすいとも言える。
「大地槌!」
先に次の魔法を発動したのはジェームズだ。掲げた杖の先に、ちょっとした小屋ほどの岩を出現させ、シストラに向かって振り下ろした。
直撃すれば即死間違いなしの攻撃だ。学生の試合で使う魔法じゃないぞ。
シストラはバックステップで岩塊を避ける。
轟音と共に、魔力で強化されているはずの舞台が一部、粉々に砕け散り、大量の土煙を上げた。
「氷結槍!」
鼻先をかすめた凶器に目を剥きながらも、シストラは魔法を発動。土煙の中へ氷の槍を放り込んだ。
「ぐあ!」
土煙から飛び出したジェームズの右手が凍りついている。にも関わらず、もう一方の手からは炎の槍が放たれた。
「氷結槍!」
シストラはそれを氷の槍で迎撃する。正面からぶつかりあった二つの槍は、大量の水蒸気を上げて消滅した。
「ジェームズさまあ!」
「ちょっと! みえないわ!」
舞台をまるごと覆うほどの土煙と水蒸気に観客や実況も戸惑っている。
当然、舞台上の二人の視界も奪われている。オレは透視の魔法で戦況を見守る。
先に相手の気配を捕らえたのはシストラだ。狩りで鍛えてきただけはある!
今の魔法の衝突も狙ってやったのだろう。正面から戦うのは不利と見ての作戦だ。
シストラはジェームズに氷の槍を放った。
しかし、氷の槍はジェームズに届くことなく、水蒸気の濃度を上げただけだった。
ジェームズの横に浮いていた炎の槍が、彼を自動で護ったのだ。
視界の悪さを利用しているのは、ジェームズも同じだ。
彼は炎の槍を一本、近くに停滞させたまま、新たに出現させた槍を投擲し、シストラを狙う。
「ひゃあ!」
すんでのところでシストラは炎の槍を避けた。
その隙に、ジェームズの傍に停滞している炎の槍は二本になっている。
槍の熱でジェームズの周囲から水蒸気が徐々に引いていく。
そこへシストラが突っ込んた。
「僕の守護する槍に正面から挑むのは無謀だよ!」
シストラの左右から、炎の槍が襲いかかる。
彼女はそれらを、素手で捕まえた。
「な!?」
驚くジェームズの隙を見逃さず、シストラは掴んだ炎の槍で殴りかかる。
『なんと、シストラ選手が炎の槍を素手で掴んでいる!』
『火炎拳ですね。本来は素手で火属性の攻撃をするための魔法ですが、面白い使い方をするものです』
視界が悪い状態で使ったのも効果的だった。
魔法の発動を隠すことによって、ジェームズに狙いを悟らせなかったのだ。
シストラが両手を交差するように振った二本の槍が、身をのけぞらせたジェームズの鼻先をかすめる。
「帰還!」
短く呪文を唱えたジェームズの声に従い、先ほど投擲した三本目の槍がシストラの背中を狙う。先程放った槍は、普通の魔法と見せかけて、遠隔操作可能なものだったのだ。アレンジ版は二本と見せかけた見事な作戦である。
ジェームズは、シストラが振り返ることを期待したのだろう。
しかし、彼女はそうしなかった。
次の呪文を唱えるジェームズにの首元に、炎の槍を突きつけた。
意表を付かれたジェームズの皮膚がじりじりと焼ける。
そして、背中三本目の槍がシストラの背中に届く直前――
ぼしゅっ、と鈍い音と共に炎の槍は弾けて消えた。
「対炎魔法!? フレイムフィストといい、水蒸気をより上手く使っていたのはキミの方だったようだね。……まいった。僕の負けだ」
その光景に目を見開いたジェームズがそう宣言すると、会場は割れんばかりの拍手と、ジェームズファンによる悲鳴、ジェームズに賭けていたであろう連中からの罵声や、純粋なファンからのねぎらいなど、様々な声に包まれた。
『大番狂わせだああ! シストラ選手の勝利です! 優勝候補が準々決勝で一年生にまさかの敗退! 霧の中で何かあったのか、実況できなかったことが大変悔やまれます!』
実況も興奮を抑えきれない中、ジェームズは自分に治癒魔法をかけつつ、シストラをエスコートするように選手控え席へと戻って来る。
「一つ教えてくれ。なぜ背中に対炎魔法を?」
そう、シストラはあらかじめ自らの背後に対炎魔法を展開していたのだ。
「炎の槍を自由に操れる魔法が使えるとしたら、背中から狙うかなって思ったんです。ほら、森の獣は風下と死角から襲ってきますから」
「あっはっは! 僕を獣と同列にしたのはキミが初めてだよ! 気に入った! どうだい? 将来、うちに来ないか? 僕は平民でも気にしないよ」
「お断りしますね~」
普通なら泣いて喜びそうな誘いをあっさり断ったシストラは、オレの隣にちょこんと座った。
「なぜだい? 悪い誘いではないだろう?」
オレの隣に座ったシストラを見下ろすジェームズの頬が僅かに引きつっている。
「平民でも気にしない、なんてわざわざ言うってことは、力一杯気にしてるってことじゃないですか。それに、あたしには最高の師匠がついているので、他の人はいらないです」
シストラがオレをちらりと上目遣いで見る。
「ふうむ……キミが師匠か。試合での活躍は見せてもらったよ。決勝で戦えるのを楽しみにしていたんだけどね」
彼は確かに強いが、オレが戦ってみたいと思うほどではない。ひょいと肩をすくめてみせると、ジェームズは片眉を跳ね上げた。ここで気の利いた返ししてくるなら一流だが、まだまだ若い。
「……シストラ君も準決勝前だからね、邪魔をしちゃいけないな。この辺で失礼させてもらうよ。僕に勝ったからには優勝してほしいね。もっとも次の相手はヌーラだから、シストラ君なら勝てるだろうけどね」
そう爽やかな笑顔で言い残すと、ジェームズは立ち去った。
「平民扱いされるのなんて、別に気にしてないだろ」
「断る口実だよ。あたしはずっとディータの弟子なんだから」
にぱっと笑ったシストラが腕をからめてくる。
「あ、あたしも……」
エルデも反対の袖をつまんできた。
ここで少し遠慮がちなのがエルデらしい。
「あたし……勝てるかな?」
三年生の控え席にヌーラを見つけたシストラが、オレに腕をからませたまま、不安げにつぶやいた。
「ディータと決勝で戦ってみたいけど……なんだか怖いんだよね、あの人」
「そう感じるなら、絶対に無理はするな。シストラの勘は正しい」
「ディータがそんなこと言うなんて……そんなに強いの?」
オレが真剣な表情で頷くと、シストラは身震いし、小さく頷いた。




