6章 学内トーナメント-3
『決勝戦第一回戦ニ試合目! 三年ヌーラ選手対、一年エルデ選手です!』
実況のコールに会場が割れんばかりに沸く。
「行ってくるわ」
「ちょっと待て」
そう言って観客席から飛び降りようとするエルデを呼び止めた。
「なに? それほど強そうな相手には見えないから、アドバイスなら不要だと思うのだけど」
「いや、気をつけろ。それだけだ」
「……? わかったわ。貴男がそう言うなら」
オレの真剣な声音にエルデは眉をひそめたが、すぐに頷いた。
ヌーラがエルデ相手に本気(魔族の力)を出してくるとは思えないが、念のためだ。
『エルデ選手は、一年生かつ女性剣士という、今大会でも極めて珍しい選手です。一方のヌーラ選手は、過去二回の大会では予選敗退。手元の資料でも目立った内容はありません。予選では幸運が重なっていたようにも見受けられましたがどうでしょう、解説のベルリーナさん』
『たしかに彼はそれほど目立つ学生ではないですね。せっかく決勝に残ったのですから、活躍してもらいたいところです』
エルデの武器は予選と同様、刃を潰した剣だ。そして、ヌーラもまた剣を持っていた。予選では杖を使っていたはずだが、それではエルデに斬り飛ばされると判断したのだろう。
普通の学生なら、金属の武器を持った程度でエルデの斬撃を止めることなどできはしない。
ヌーラはどうだろうか。魔族だからといって、剣術が得意とは限らないが……。
試合開始の合図と同時に、エルデは真っ直ぐヌーラに突っ込んでいく。
当然読まれているだろうが、剣で魔法に勝つにはまず距離を詰めるのが有効なのは間違いない。
ヌーラが呪文を唱え終わるよりも早く、エルデは彼の眼前に到達。そのまま横薙ぎに剣を振った。
「わっとっと!」
まるで素人のように引けた腰で、ヌーラは剣を無造作に振るった。
――ぎぃんっ!
鈍い音を立てて、エルデの剣が防がれる。
「今日はついてるぞー!」
観客席の三年生からヤジが飛ぶ。
眉をひそめたエルデは、正面からヌーラの脳天めがけて斬り下ろした。
「あぶなっ!」
これもヌーラは避けてみせた。
今の一撃、無造作なものに見えるが、そこらの学生に対応できる速度ではなかった。
エルデは後方に大きく下がると、隙無く剣を構えた。
「あなた……何者なの? 偶然なんて言わせない。私の剣は偶然で受けられるほど甘くない」
この油断のなさは、エルデの大きな美点だ。
「ちょっと運が良いだけの三年生さ」
「言ってなさい」
エルデはちらりとオレに視線を向けた。
オレが小さく頷いて見せると、エルデもまた同じように頷き、呪文を唱え始めた。
オレはここ数日、エルデにも特訓を施していた。
「筋力強化!」
『おおっとエルデ選手、身体強化の魔法を発動だ! 彼女は魔法を使えないという噂は嘘だったのか!』
たしかに彼女は魔法が使えなかった。
その原因は、体外に魔力を放出する回路がないという、ある意味得意体質が原因だったのだ。
つまり、体内で発動する魔法は使用できるのである。
今まで彼女が実家で師事した教師は、誰も気付かなかったようだが。
彼女ほどの腕前で身体強化など使えば、相手は間違いなく死ぬ。
そのため、オレが許可した時以外は、使わないように言い含めてあった。
ヌーラにそこまでの驚異を感じ取れるあたり、エルデも剣士として一流だ。
「秘剣・虚舞改!」
腰だめに剣を構えたエルダが、魔力で強化された石の舞台が砕けるほどの脚力で踏み込む。
オレと対戦した時よりも速い!
そしてこれは、オレがエルデとの戦いで見せた改良版である。筋力強化中のみ繰り出せるようになったのだ。
端から見ている分にはただの素早い攻撃だが、多重にかけられたフェイントにより、達人であるほど多くの分身を見てしまう。
ヌーラであれば、十体の分身が見えているだろう。
本体は左斜め後ろだ。
「火炎槍牢!」
両手を舞台につけたヌーラが魔法を発動させた。
『おおっと! 決まったかに見えたエルデ選手の攻撃を、ヌーラ選手が周囲に出現させた炎の槍で防いだぁ!』
炎の槍に突っ込んだエルデは、ギリギリで体をひねって地面に転がることで直撃を免れた。左肩を軽く焼いたが、試合への影響は軽微だろう。
全方位の魔法でエルデの攻撃を防がれたのはいい。
その魔法が無詠唱だったのもいい。
だが、エルデの動きをしっかり目で追えていたというのが頂けない。
これはきついぞ、エルデ。
エルデは斬撃で炎の槍を散らすと、再びヌーラに斬りかかった。
ヌーラは両の掌に出現させた小さな魔法の盾で、エルデの連撃を捌いている。
『ヌーラ選手あぶない! 追い詰められています!』
実況通りでないことはエルデの額に浮かんだ汗が物語っている。
ヌーラの盾は剣が当たる度に衝撃を発し、エルデの剣を大きく弾く。
剣士にとっては厄介な魔法だが、それ以上に驚嘆すべきは彼がエルデの剣にその盾を的確に合わせていることだ。
「ならばもう一度!」
エルデが繰り出したのは秘剣・虚舞改。
「ダメだ!」
歓声にかき消されて本人に聞こえないとわかってはいても、叫んでしまった。だが既に遅い。エルデの技は始まっている。
フェイントの後、エルデはヌーラの右斜め前から斬りかかった。
しかし、ヌーラには見られている。
ヌーラは手を叩くように、両手の盾をエルデの眼前で合わせた。
――バヂヂッ!
不快な音と共に盾が弾け、舞台上の二人が互いに反対へと大きく吹き飛んだ。
エルデは観客席に激突。
そして、ヌーラは空中で停止していた。
『ヌーラ選手の自爆技で勝負あり! エルデ選手が魔法を使えないことを利用した見事な作戦でした!』
実況バックに、エルデが悔しさに顔を歪ませながら戻って来る。
「せっかく修行をつけてもらったのに負けてしまったわ……ごめんなさい……」
しょげるエルデに、オレは回復魔法をかけながら微笑みかける。
「なんで負けたかわかるか?」
「うん……。連撃で相手を押さえ込んでいたのに、焦れてトドメを差しにいってしまった。そこで魔法を発動させる隙を作ってしまったわ……。なにより、二度目の秘剣で気付いたのだけれど、彼は私の動きを目で追えていた。技の選択も誤ったわね。フェイントは、相手に行動の準備時間を与えるだけだった……」
「そこまでわかっているなら、次は勝てるさ」
心の中で、相手が魔族でなければな、と付け加える。
「はい! これからもよろしくお願いします、先生」
エルデはすぐにいつものキリッとした顔に戻った。




